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「…腐る、だと?」
文字通りの意味でか、と向かいに座った親方が眉を顰める。
親方の奥さんがやっている店の奥の部屋で、あたしは親方と向かい合っていた。
奥さんのセンスはいい。
ごみごみとした活気溢れる通りにあっても違和感がなく、それでいて品が良い。
しかも居心地がよくて、多分単純に客としてでもあたしは入り浸るだろう。
「そう。粉がスライムになってって」
あたしが肯定すると、眉間の皺は一層深くなった。
豊かな黒髪をがしがしと指を差し入れてかき回し、親方はううん聞いたことねえな、と唸った。
「そんなに変わった攻撃で、なおかつ白マントなんて目立つもん着てたんだろ?」
噂のひとつも入ってきてないなんてのは妙だな、と考え込んでいる。
やはり不穏な時期だからか、最近の親方は情報に敏感になっているように感じる。
「警戒は要るだろうな」
情報を誰かから貰って来れないか、と親方が云った。
「伝手を頼ってみてくれ」
ミャオたちの方から攻めてみるか、はたまた別口からか。
兎にも角にも、あたしはやってみます、と答えて立ちあがった。


あたしはとりあえず、旧知の情報屋に繋ぎを取った。
彼らは双子で、あたしと会うのはどちらかと云うと妹のスンのことの方が多い。
しかしあの兄妹は瓜二つだから、声の微妙な差を聞きわけないと見分けがつかない。
その日路地裏からひょいと出てきたのは民族調の柔らかい緑色の服を身に纏った、
「……スン?」
「当たり」
そう云いながらスンが小首を傾げた。
多分その仕草は久しぶり、と云う意味を兼ねているのだ。
同年代のスンの話し方は片言染みているが好ましいものだな、とあたしは常々思っている。
それは多分スンが可愛いからだ。
可愛い女の子であることは得だ。何をやっても大概のことは許される。
ただ勿論、生きやすいか否かは別として。
綺麗に梳られた肩までの髪がさらりと揺れて、耳飾りの赤い木の実と茶色の羽根が一瞬覗いた。
こんな渡世なのに、女らしさを失わないスンがあたしはちょっとうらやましい。
あたしはまだ子供っぽいし、多分スンと同い年になってもそんなに女らしさを身に付けられないと思う。
でもスンはもうすでに、美しく強かな女の匂いがする。
そんなに歳は変わらないはずなのに、どうしてこんなに違うんだろう、とちょっと思う。
そんな風に考えていると、スンがふっと笑った。
「情報」
欲しいのよね、と言いたげにスンが上目づかいに瞳を動かした。
その瞳にくだらないことを考えているのを見透かされた気がして、うん、とあたしは頷いた。
スンみたいにあんまりしゃべらない人は、その分目の力が強いから怖い。
どこまで読んでいるのか判らないから、駆け引きの相手にはよくないな、とあたしは思う。
近くの人が多い店を適当に選んで入り、粗末な椅子に座ってからあたしは話を始めた。
「白いマントの男なんだけどね」
「白マントの、男」
ふむ、と考え込むようにスンが口に手をやった。
スンはこんな稼業をしているのがもったいないくらいに記憶力が優れている。
スン考え込んでいるのは、その頭の中の膨大な情報を探っている時だ。
こういうときにスンの邪魔するのは得策ではないから、あたしはずっと黙っていた。
「腐る、粉の…ひと?」
暫く考え込んでいたスンが言葉を選んでいるみたいなたどたどしさで云った。
あたしはいきなり大当たりが出たのが嬉しくて、思わず大きな声を上げた。
「そう!その人!」
スンが嬉しそうににこにこと顔を綻ばせた。
あたしはつくづく、スンを見ていると大事なのは言葉じゃないね、と思う。
「当たり?」
クイズじゃないけど、そう、大当たり!とスンの両手を包むように握る。
ひんやりとしたスンの手は決して傷がないわけじゃないけど、普通の子の手よりは綺麗だった。
それはきっと、と云うかまず間違いなく、兄のヒムがスンを大事にしているからだ。
「親方のとこに一緒に来て、話してくれる?」
「ヒムに、云う、相談」
ね、とスンが首を傾げて見せた。
「いいよ、ヒムは今どこにいる?」
あたしがそう答えると、時計を見たスンがすぐ、すぐ、と云って手を忙しなく動かした。
「ここ。ここ、来る」
え、この店はあたしが適当に選んだんだけど、とあたしは思ったが、スンはただにこにこと笑っている。
やっぱり、スンと駆け引きはできない。


暫くして、スンの云う通りにヒムがやって来た。
ヒムはスンの服よりも青みがかった服を着ていた。
正直なところ、区別しやすくて色を変えるのはとてもいいとあたしは思う。
「久しぶりだな、フィリダ」
ヒムはあたしたちと変わらずにこちらの言葉を流暢に操る。
ただそれはスンみたいに天賦の才じゃなくて、努力の賜物なのだろうとあたしは睨んでいた。
「ああ、久しぶりだね」
あたしが挨拶を済ませてスンに眼で合図すると、スンたちの言葉で双子が話し始めた。
彼らの言葉は全くわからないから説明が終わるのをただ待っていた。
手持無沙汰だ、と賑わう店内に視線を泳がせると、
「あ」
見覚えのある顔が、ラクダを店の前に止めて店内に入って来たところだった。

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