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 男は振り向きざまに裏拳を放った。鈍い音を響かせ、見事に相手の顔面に命中。
 重い手応えに、女を殴った罪悪感が頭をもたげる。しかしそれはひと呼吸にも満たぬほど一瞬のことだ。男も女も関係ない。昼間でも薄暗いこのあたりの路地は、ほぼそのスジの人間たちしか集まってこないのだ。
「ぐあ……!」
 低い呻き声に続き、米俵を地面に叩きつけたかのような音を立てて殴られた者が倒れた。
「なに?」
 男はようやく己の過ちを悟った。男が振り抜いた拳に弾き飛ばされたのは彼の仲間だったのだ。
 弾かれたように再び振り向く男の頭上から、若い女の声が降ってきた。
「ふん……。のろまね」
 彼女の声を聞くことができたのかどうか。男は、自分が殴るはずだった女からのかかと落としをまともに脳天に受け、昏倒してしまった。

 ゆっくりと近付く複数の足音。
「でかした、フィリダ」
 遮蔽物の多い路地の物陰から姿を現した男たちは、いずれも女の仲間だった。腰に手を当て彼らを出迎えた女は、まだ少女と呼ぶべき外見をしていた。
 明るい茶色の短めの髪と同色の瞳。白く細長い脚を露出する短いスカート。整った目鼻立ちの彼女は、黙って立っていれば良家の子女だ。男の油断を誘ったことは想像に難くない。もっとも、男を一発で蹴り倒した彼女の体術は非凡な能力であることもまた事実だ。
「ん。こいつら親方のとこに連れてくんでしょ? あたし力仕事苦手だし、後片付けお願いね。まだもう一稼ぎしたいし」
「おう、任せろ。だが、くれぐれも用心しろよ。こいつら、例の胡椒の連中と関係があるかも知れん。まあ、どっちにしてもこんな下っ端、締め上げても何も知らんだろうがな」
 彼女――フィリダたちが所属する盗賊ギルドとは所属の異なる者が、この路地で勝手に“商売”をしていたのだ。どうやら彼らの密売の最中にフィリダがはち合わせたらしい。いわゆる“縄張荒し(しまあらし)”というヤツだ。
「用心ですって? 誰に言ってるのよ。……でも、忠告ありがと。じゃね」
 ひらひらと手を振ると、フィリダは足取りも軽やかに路地から去っていった。
「あのフィリダが礼を言った? 今夜は雨か?」
 路地に残された男たちは互いに顔を見合わせた。



 あたしはフィリダ。盗賊だ。盗賊とは言え、シナリー王国のギルドを名乗る以上、王宮とは暗黙の協力関係がある。
 ギルドのチンピラと下っ端役人が小競り合いのような揉め事を起こすことは日常茶飯事で、表向きは盗賊ギルドが王国に対して一定の権利を主張できるわけではない。その意味で、あたしたちは商人ギルドや職人ギルドとは一線を画す日陰者だ。
 しかし裏では、盗賊ギルドは王宮からの非公式の依頼で動くことがある。王宮子飼いのスパイの支援や、時にはスパイ活動そのもの、果ては王宮に不満を抱く不穏分子の暗殺さえ請け負うこともあるのだ。
 そういう関係もあってか、普段の“盗み”のターゲットとしてあたしたちが狙う連中も、健全な国民ではなくほとんど脛に傷持つ連中ばかりだ。
 だからと言って、あたしたちがこの国の治安維持に協力しているとは思わない。でも、あたしたちの存在がなければ、シナリーが今以上に治安の悪い国になっていても不思議じゃない。もっとも、あたしにとってはどっちでも大差ないことだけれど。
 ミャオによると、最近は王宮が腐りかけているらしい。親方が愛想を尽かして王宮への協力をやめる前に目を覚ませば良いのだけれど……。それもまあ、あたしの知ったことじゃない。
 あれ? なんでミャオの顔が目に浮かぶんだろ……? まあいいや。あいつとはもともと住む世界が違うんだし。

「さて。縄張荒しどもにかかわったせいで今日の稼ぎが少ないから。もっと稼ごうっと」
 ギルドに所属するあたしのような年頃の女の子は、遅かれ早かれ娼館で働かされるのが普通だ。でも、幼い頃から身寄りがなく、盗みと喧嘩に明け暮れてきたあたしは、その能力を親方に買われてギルドに入ったのだ。親方じきじきに連れてこられたお陰か、あたしはギルドの男たちから一目置かれ、彼らと同じ仕事をもらっている。
 今日の盗みのターゲットは善良な小市民から金を巻き上げている小悪人。あたしにとって天職だ。
 しばらく歩いていくと、見慣れない男たちが道ばたでこそこそしている。
「なによ。またあ?」
 あたしにはすぐにわかる。あれは密売だ。
 今日のシナリーは何かおかしい。あの胡椒密売の連中が、またちょっかいをかけてきているのかも知れない。
 いい加減にしなよね。あたしのかかとは安くないわよ。
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