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 シナリー王国王宮の地下牢は、ネズミさえ通さぬ採光窓が見上げる位置に2箇所あるだけ。天井は高く、床から採光窓まではおよそ5メートルの高さだ。昼間は暗闇にこそならないが、じめじめとした劣悪な環境だ。
 檻に閉ざされた牢の中央近く、闇より濃い真っ黒なローブを脱ごうともせず、捕われの身となった正体不明の魔導師が静かに座っている。王宮の兵士によって簡単に捕まってしまったとはいえ、魔導師は王宮にやすやすと侵入してきたのだ。おそらく空間転移魔術の心得もあろう。
 シナリーの王宮魔導師の中にも空間転移の魔術を使える術者がいる。用心のため、それらの術者により、牢の周囲には空間転移を妨害する結界が張られている。
 ここ数日、魔導師は生命を維持できるぎりぎりの量の食事しか与えられていない。

「無駄なことを。弱らせてから拷問しようというのだろうが、一流の魔導師はある程度の栄養分は自分で合成できる」
 魔導師の名はジュラーダ。つい今し方まで、彼は牢の中から遠く離れたシナリー艦隊へと呪術を送りつけていた。
「!」
 突然手応えがなくなった。いくら集中しても、艦隊の正確な位置さえ感知できない。
「……。妨害されたか。さぞや名のある術者が乗り組んでいるのに違いない」

 牢の天井を見上げたジュラーダ。仰け反らせた頭部からフードが背へと滑り落ちる。
 白い髪は長めでぼさぼさ、牢の薄闇の中にあってさえ青白く浮き上がって見える顔は細く、突き出た頬骨とぎょろりとした双眸は空洞のようだ。
 居眠りしていた見張り兵がジュラーダの様子に気付いた。
 天井を見上げていたジュラーダが緩慢な動作で見張り兵の方を振り向く。
「こ……こっち見んな! お前は死人みたいで気味が悪いっ!」
 見張り兵と視線を合わせたジュラーダは、ゆっくりと口の両端を持ち上げ――笑ってみせた。
「ひ、ひーっ!!」
 ただそれだけで正体不明の魔導師への恐怖心が増幅されたのか、見張り兵はみっともない悲鳴を上げて地階へと続く階段付近まで走り去ってしまった。

 ジュラーダは笑うのをやめ、アビルト艦隊とシナリー艦隊が対峙しているはずの方向へと首を向けた。
「シナリー艦隊め。たとえ勝って帰ってきても、この私が王宮ごと人質にとったも同然。すでにアビルトの勝ちは動かぬよ……」
 この時点ではジュラーダはまだ知らない。両艦隊の結託を。
「王宮内の魔導師は雑魚だ。問題にならん。シナリーの船には多少は手応えのある魔導師が乗っているかも知れんが、艦隊戦で疲弊して戻ってくる軍人どもなど烏合の衆だ」
 ジュラーダはほくそ笑んだ。今頃、艦隊同士が撃ち合いを始めているに違いない。船の数ではシナリーにとって若干不利だ。
 シナリー側に強力な魔導師が乗っているなら、戦力差を埋めるために魔力の酷使を余儀なくされるであろう。
「つまり、軍人だけじゃなく魔導師も疲れ切って帰ってくるわけだ」
 加えて、ジュラーダは自分の魔力に絶対の自信がある。負ける要素などまるで考えつかなかった。

 ジュラーダは瞑目し、集中し始める。
 さきほど見上げた天井の一点と全く同じ場所を再び振り仰いだ。
 彼は目を開けた。その双眸には虹彩がなく、真っ赤な光を放った。
「うわわ!?」
「な、なんだ!」
 突如、ジュラーダが睨み付けていた天井の一点からひとり、またひとりと相次いで2人の魔導師が落ちてきた。
 天井に穴は開いていない。結界をものともせず、ジュラーダが空間転移の魔術を使ったのだ。
 ふたりの魔導師は、あっという間に5メートル下の床に叩きつけられた。彼らは空間転移させられる直前、昼寝でもしていたのだろう。横向きの無防備な姿勢のままで落ちてしまった。ぐきり、という嫌な音が牢の中に響き、魔導師は気絶した。
「ぐああっ!」
 悲鳴はひとつだけだった。落ちてきたふたりのうちの片方が立ち上がったのだ。
「ほう。落下速度制御の魔術を使ったか」
「ど、どうした、なにがあったーっ!」
 腰抜けの見張り兵が走ってきた。檻に手をかけ叫んでいる。
 ジュラーダを睨み付けたまま、そちらを振り向きもせずにシナリーの魔導師が見張り兵に呼びかけた。
「こやつ、相当な手練れだ! ここは私が食い止める。お主は将軍様にお知らせするんだ、急げ!」
「は、はっ!」
 見張り兵の返事を背中で聞き、ワンドを構えたシナリーの魔導師が呪文を詠唱する。
 呪文の詠唱を終え、気合いを込めて叫ぶ。
「ぬんっ!」
 紙を裂くのにも似た音を発し、魔導師のワンドから燃えさかる炎が出現した。同時に、薄暗い地下牢を昼間のように照らし出す。
 間近で燃えさかる炎は、ジュラーダの白髪を赤く染め上げる。しかし、涼しげな顔をしたジュラーダの頬は相変わらず青白いままだ。
 次の瞬間、渦を巻く炎がジュラーダを取り囲み、彼を焼き尽くさんと包囲網を狭めていく。やがてジュラーダは炎の渦の中に完全に呑み込まれてしまった。
「ふん。仲間を気絶させられて、つい手加減を忘れておったわ」
 魔導師は出現させた炎の量が多すぎて、敵の手掛かりも残さず焼き尽くしてしまうであろうことをやや後悔した。
 だが――。
「ぬあっ!?」
 炎の渦の中から、ジュラーダの姿形をした炎の塊が抜け出してきた。そいつは魔導師にゆっくりと歩み寄ってくる。
 ワンドを構え、結界を張る魔導師。
「愚かな。無駄だよ」
 炎の塊となったジュラーダはあざける声を発し、シナリーの魔導師に向けて燃え上がる腕を持ち上げた。すると、炎の腕はもとのジュラーダに数倍する長さまで一気に伸びてくる。
「く、くそぅっ!」
 魔導師は腰を落とし、ワンドをさらに強く握りしめて結界を強化した。白く輝くワンドから放射状の光が出現し、魔導師の正面に光の壁を作った。
「ぎゃあっ!」
 何の抵抗もなく、炎の腕はすっと結界を通り抜けた。
 そのまま燃える掌が魔導師の首を掴む。
 魔導師は、彼の人生の最期に自分の肉が焼け焦げる臭いを嗅ぐことになった。

 地下牢がまた薄暗くなった。炎の塊は、もとのジュラーダへと戻る。
 彼の髪にも顔にもローブにさえも、火傷や焦げ痕などただの一箇所も残っていない。
「ぎゃっ、わっ、あーっ!!」
 階段の一番上まで駆け上がっていたはずの見張り兵が無様に転げ落ちてきた。
 ジュラーダの魔法により、階段が滑り台になってしまったのだ。
 そこに何もないかのように、ジュラーダは檻をすりぬけて牢から歩いて出てきた。
「ふはは。残念だったな」
 ジュラーダに冷ややかに見下ろされた見張り兵は、もはや蛇に睨まれた蛙であった。
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