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 その頃、首尾よく傭兵隊長のバヌールに気に入られて傭兵になっていたミャオは歯噛みしていた。
―――あのアホ野郎共め、勝手に怯えて出撃命令なんか出しやがって。
しかし、そんな胸の内を今ここで素直に曝すわけにはいかない。
ここはシナリー王国の海上に浮かぶ戦艦たちの後方だった。
つまり、司令塔となる本部の、要は最高位にある船だ。
ミャオはそこで、バヌールとささやかな茶会を開いていた。
「この茶葉は悪くないな」
度数の強い酒を垂らした紅茶を口に運ぶバヌールが、ミャオに話しかけてきた。
「…そうですね、」
確かに、身体は温まる。この寒い国にはうってつけの飲み物だ。
銀に近い金髪を男のように短く切って立たせている、ミャオの仮初の上官。
バヌールがうっすらと笑って青い紋様入りのマグカップを揺らした。
そう、恐ろしいことにバヌールは若い女だった。てっきりミャオは男だと思っていたのだが。
しかし、一度会ってみて、ミャオは彼女の傭兵隊長と云う肩書に納得した。
アビルトと同じ、冷え切ったアイスブルーの、笑っていない瞳がミャオを見つめている。
この茶会、ささやかだが決して和やかな空気ではない。
お互いがお互いの胸の内を探り合いたがっている。
「お前はあの国、どう思う」
金色のティースプーンで、シナリー海軍のいるであろう方角をバヌールが指した。
その爪が薄桃色に塗られている、とどうでもいいところを目にして、ミャオは正直に答えた。
「シナリーはお世辞にも軍事的に強いとは云えなさそうですが」
「それはそうだな。上が酷いのか、こんな時期に出撃するなんて」
それはきっと大当たりだ。少なくともゴウはこんな馬鹿ではない。
多分あの海軍の船のどれかに乗り込んでいる馬鹿だとは思うが。
バヌールがつまらなさそうに椅子に深く座りなおした。
支給された白い軍服が気に入らないのか、肩の動きをしきりに気にしている。
ああ、とミャオはその軍服を指して付け足した。
「ただ我が国だってそんなに頭のいい奴らばっかりじゃないと思いますが」
あの冬国ならこの白さで雪にも紛れられるが海の上じゃモロばれだ、と続ける。
「それは云えている」
鬱陶しい、とバヌールは吐き捨てて、結局ジャケットを脱いで隣の椅子に無造作に掛けた。
黒いタンクトップとの対比だけでなく、普段日の当たる外で生活しない冬国の人間の肌の白さだった。
その豊満な胸の上でドッグタグがちりちりと鳴る。
「お前も吸うか?」
タバコ、と箱を示されたのを首を振って辞退した。軽業師にタバコは禁物だ、と胸の内で舌を出す。
バヌールが銜えた真新しいタバコに火をつける。ふわり、と紫煙が広がった。
「さて、このまま一気に叩き潰すか?」
あのシナリーを、とバヌールは続けて、細く煙を吐き出した。
「例え軍事的に弱くても、あの肥沃な暖かい土地は魅力的だ」
アビルトはとても寒い、こんな薄着では生きていられない、と自嘲的にバヌールは呟く。
碌に作物も作れず、国土の北ではさらに極寒の不毛の地だ。
「シナリーとは真逆ですね」
軍事的に弱くとも、肥沃な土地で豊かに実る作物で豊かに暮らせるシナリー。
しかしアビルトでは殆どの作物は作れず、短い夏が終わればその後は保存食で暮さねばならない。
それがゆえに軍事的な強さを手に入れたとも云える、永遠の冬国。
「あの国では、花々が咲き誇る春も、強い日差しの夏も、多くが実る秋も、あるのだろうな」
「…おそらくは」
肺いっぱいに吸い込んだ煙を、ゆっくりと味わって吐き出す。
アビルトの人間にとって、それほどまでに暖かい土地は魅力的なものなのだろうか。
だからこそ、こうも執拗にシナリーを欲しているのか。
ミャオはそんな風に考えながら、空になったバヌールのカップに紅茶を再び注ぎ込んだ。


―――それほど愛国心が強いタイプには見えない。取り込むのは難しそうだが。
そう云う認識を深めながら、バヌールの部屋を辞したミャオはコツコツと廊下を歩いていた。
すれ違う下っ端たちが挨拶をしてくる。
下っ端たちのレベルは低いが、あの日ミャオが叩きのめした野郎はその中では割と上位だった。
まあ、レベルが低くなくても下品だったりすることは、ある。
そう云う訳で、彼らはミャオに一目置いてしまったのだ。
無用なトラブルがない代わりに、彼らに近づきにくくなってしまった。
彼らの情報は玉石混交、ガセも多いが、親しくなっておくことで役立つことは多い。惜しかった。
しかし不可抗力だった。そう割り切って、今の仕事に専念しよう。
そうして自室に向かうミャオを、天井の眼が追っていた。
黙ってそれを見ていたバヌールは、三本目のタバコに火をつける。
スパイであるのか、それとも単に偶然によって入隊した男なのか。
シナリーだってただでやられはしないということなのか、買い被りすぎか。
控え目な色がのせられた唇の右端が吊りあがったのを、バヌールは自覚する。
まだ判らないが、どうせ戦うなら簡単に叩きのめせる相手より、少しでも強い相手が好い。
シナリーの軍艦がいる方角を見やって、バヌールは静かに闘志を呼び覚ます。

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