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 青年は寒さをこらえ、やや猫背気味に歩いていた。
 ここはアビルト王国。常冬の国だ。
 切れ長の瞳、すっと通った鼻筋。きりっと真っ直ぐな眉は、意志の強さを感じさせる。その外見は、誰もが眉目秀麗な美青年だと認めることだろう。
 だが彼は、さきほどから妙な仕草を続けている。
 口をすぼめたり開いたり、それだけではなく“ぴー”とか“しゅー”とか、意味不明な音がその口から漏れているのだ。
 彼こそがシナリー王国の宮廷道化師、ミャオである。
 ミャオの顔に、いつもの化粧は施されていない。別に構わない。ここにはもともとミャオを知る者などいないのだから。


 今回の任務は今までのどんな物とも違う。
 何しろ、もしかしたらこれから起きるかもしれない戦争を防ごうというのだ。さすがのミャオも緊張し、ゴウから指示された酒場へと向かう。もう寒がっている場合ではない。ミャオは意志の力を総動員し、背筋を伸ばした。
 酒場の間近まで来たとき、ミャオは隠しマイクに向けて言った。
「なんで酒場なんだ?」
 いくら無声音での連絡とはいえ、至近距離にいれば音は聞こえる。その様子は、さながら“馬が走る音を口真似している小さな子ども”とでも言おうか。
 変わった癖を持った奴だという程度の誤解で済むなら良いが、ここは敵国だ。どこに私服の警官がいるかわからない。この程度のマジックアイテムならどの国にもある。経験豊かな警官なら、今のミャオの様子を見ただけで、無声音による暗号通信に気付く可能性も否定できないのだ。当局へ連行されでもしたら、任務どころではなくなってしまう。

 そうこうするうち酒場が見えてきた。店に出入りする人が、ミャオの目の前を通過していく。皆ミャオ同様に着ぶくれしているが、寒さに慣れているためか背筋を伸ばしてきびきびと歩き去っていく。
 ミャオからの連絡は、これを最後にしばらく我慢しなければならない。
 ピアスを通じ、ゴウが答えた。
『すまんな。アビルト王国でのお前の身分を用意してやる時間がなかったから、お前の力で身分を勝ち取って貰うしかないんだ』
 宮殿が素性の知れない使用人を雇ってくれるわけがない。手っ取り早く宮殿に近付き、諜報活動をするためには傭兵になるのが一番早い。それも下っ端ではだめだ。傭兵隊長に気に入って貰い、一緒に宮殿に連れて行って貰える立場にならなければ意味がない。
 そこまでは、出発前に予め聞いていた。でも何故最初の目的地が酒場なのかがわからない。

『今からお前に行ってもらう酒場に、必ず奴が――傭兵隊長のバヌールがいる』
 その一言で、ミャオはゴウの意図を理解した。マイクを通して相手に伝わるよう、わざと大きめに溜息をついてやる。

(そこらの喧嘩が好きそうな奴にわざと難癖をつけ、叩きのめすことで気に入って貰えってか。苦手なんだよなあ、そういう演技)

 ミャオは仕方なくスイッチを切り替えた。ここまで来た以上、与えられた役を演じるしかない。
 酒場にいるはずの、バヌールとかいう傭兵隊長に気に入って貰うため、なるべく強そうな奴に自分から喧嘩を売るのだ。
 しかしこう着ぶくれしていては、得意の軽業は封じられたも同然だ。頼りになるのはゴウからならった拳法と剣技のみ。
 酒場に入ったミャオは、空いているテーブルを探すふりをして手頃な喧嘩相手を物色した。

(間違っても強すぎる奴に当たって負けるわけにはいかねえからな。それだけ任務が遅れることになるし)

 ――ちょうどいい。あの野郎をぶちのめすか。

 末端の傭兵など、山賊同然の荒くれ者だ。戦争がなければ金も手に入らないので、平和なときには武力と腕力に任せて実際に略奪行為を行う者も多いと聞く。末端の傭兵に酒と女にだらしないならず者が多いのは、どこの国でも同じだ。
「うえっへへ、ねえちゃん。いいケツしてんじゃねえかぁ」
 客の間を忙しく給仕して回っていた女性が、傭兵らしき男に尻をなでられ、真っ赤になって抗議した。
「お客様っ! ここは普通の酒場ですっ! 他のお客様に迷惑ですから、そういうことはやめてくださいっ!」
 給仕はまだ若い女性だ。こういう客への対応は店主から言い含められているだろうに、羞恥と嫌悪に任せてやや強い調子で拒絶している。
「おっほー♪ 気の強いねえちゃん、たまんねーぜぇ」
 立ち上がると、傭兵の身長は2メートル近くあった。酒のおかげで寒さも気にならないのか、上着を脱いでいる。捲った袖から覗く腕は、まるで丸太のようだ。
「ひっ……」
 その威容に圧倒され、女性は息を呑んで後退る。
 やがて女性の背が壁にぶつかった。もう逃げ場がない。
「どうした。もっと俺に注意してくれよぉ」
 傭兵は丸太のような腕を伸ばし、女性へと近付いていく。
「や、やめ……」
 べちゃっ。
「んんーっ?」
 傭兵の頬に投げつけられた物が割れ、どろっとした液体状のものが頬から首筋へと流れ落ちる。
 卵だった。
「誰だこらぁ!」
 傭兵が、たった今卵を投げつけてきた相手を睨み付けた。
 そこに立っていたのはミャオだ。彼はもう一つ卵を手に持ち静かな声で、しかし挑発的に言い放つ。
「盛りのついたオスかてめえは」
「んだとこの優男が! 女の前でカッコつけてんじゃねえぞ!」
 今どき三下ヤクザでも言わないようなセリフを叫び、傭兵はいきなり剣を抜き放った。
 重量感たっぷりの、長くて幅広なグレートソードだ。
「オモテへ出ろっ!」
「ふん。素手にしときゃ怪我も少なくて済んだだろうに」
 ミャオの言葉を聞いた傭兵は、それを強がりと受け取ったのかやや冷静さをとりもどして薄く笑った。
「バカが。今のセリフで手加減する気が失せたぜ」

 酒場のすぐ外に出たふたりを、酒場の客や通行人のギャラリーが遠巻きに囲む。
 しかし多くの視線は細身の男――どうみても勝ち目のなさそうなミャオへの同情、あるいは大男に喧嘩を挑んだ身の程知らずへの蔑みといった色を宿している。
 なにしろミャオの剣は細いバスタードソード。大男が持つグレートソードと剣を交えれば、容易く折れてしまいそうな心細さだ。

 いきなり大男が剣を振った!
 そのあまりの素早さに、ギャラリーの半分はミャオの体が真っ二つになるであろうことを確信し目を閉じた。
 しかし、残り半分のギャラリーが感心のどよめきを漏らす。
 なんとミャオは、大男のグレートソードの上に立っていたのだ。
「このっ!」
 大男は剣にミャオを乗せたまま振り回そうとして――、突然軽くなった剣を振り回し、バランスを崩した。
 すでにミャオは飛び上がっていたのだ。
「ぐああ!」
 大男の顎にミャオの蹴りが命中した。
「なんのっ!!」
 それでも剣を構え直し、軽く首を振って蹴りが効いていない様子をアピールする大男。
 しかし、構えた切っ先の延長線上にミャオがいない。
「ぐさり♪」
 首筋に冷たい感触。いつの間にか大男の背後に回っていたミャオが、剣の峰を大男の首に当てていた。
「まだやるかい?」
 大男はグレートソードを捨て、両手を軽く上げて降参のポーズをとった。
 ミャオが剣を鞘に収める気配を察知するや、大男は振り返りざま拳を放ってきた。
「往生際の悪いことで」
 ギャラリーが見た限り、ミャオが大きく動いたようには見えない。
 しかしミャオの膝がカウンター気味に大男の腹に決まっており、大男は巨体をくの字に曲げて苦しがった。
「よっと」
 ミャオが肘を軽く大男の頭に乗せるように落とすと、大男はあっさり気絶した。
「はい、おやすみ♪」
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