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 「……寒ッ」
支給された厚手のローブに埋もれかけている道化はぼそっと呟いた。
気心の知れたゴウとゆっくり会って気を緩めていられる時間はなかった。
実のところ、そこまで事態は切迫していたのだ。いつ戦争が起こるか分からない。
戦争が起きてからではミャオの領域ではない。戦うのはゴウの分野だ。
戦場の第一線で戦うと云うゴウの仕事。しかし今回は全く勝ち目のない戦いだ。
でも、それでも、ゴウは勝ち目がまるでなくとも戦いに行くだろう。
そして、戦場で死ぬのだあの無駄に生真面目で頑固な幼馴染は。
まさかむざむざ幼馴染を死なせるようなことはしない。いかに間接的だったとしてもだ。
だからアビルト国に来たのは仕方ないし、ミャオの意志でもある、の、だが。
「なんだってこんなに寒いかな…」
今はまだそんなに寒くない。いや、寒くなかったはずだ、少なくともシナリーは。
「うぶぶぶぶぶぶ」
ミャオの生まれ育った地はこんなに寒くなかった。
未経験の寒さは指先を凍らせ、足元から這い上がり、顔の筋肉を強張らせる。
これでは得意の軽業も普段より酷い出来になるだろうことが察せられた。
それはミャオの得意技が封じられると云うことでもあって、無駄とは知りつつ指を擦り合わせる。
摩擦熱のかすかなぬくもりは指同士を離したとたんにすぐに冷めてしまった。
「不毛かよ……くそ」
ゴウがいつもの軽装で出かけようとした自分を結構慌てて引き留めた理由がわかった。
確か彼は北の方の生まれだと聞いたことがある気がする。寒さの恐ろしさを知っていたわけだ。



「お前、まさかと思うけどその格好で行くんじゃないだろうな!?」
出発の用意を整えてさあ出発か、とゴウに告げた途端だった。
珍しくびっくり仰天、と云った風情で眼を見開いたゴウの素っ頓狂な声と態度に、ミャオは面食らった。
「え、なに、なんか駄目なことあんのか?」
お互いに信じられないものを見た、と云いたげにお互いに対して軽く引いている。
傍から見れば滑稽で結構笑える光景なのだが、本人たちは割と本気だ。
と云うか、素だ。
「だってお前、アビルト王国だぞ?」
「いや、そりゃあ判ってるって」
何がいけないんだ、とミャオは云う。幼馴染がこんな反応をする理由が本気で判らないのだ。
「え、じゃあなんで…」
ゴウはもごもごとアビルトだぞ、と繰り返している。
「いや、だからなんだよ?」
「本気でその格好で行くつもりなのか?」
俺がおかしいのか、と困惑しきった顔で問われたミャオは自分の服装を見下ろした。
普段通りだ。
「なんか変か?」
そう真顔で云ったミャオに首を傾げたゴウは答える。
「あそこは永遠に冬だぞ?シナリーの冬と比べ物にならないほど寒いのに」
…初耳だった。
「ローブとかいろいろ防寒具は必須だろうが」
「…そうなのか」
「ああ、お前の身体がなんか不思議な構造になってなくて普通の人間のもんなんだったら、死ぬね」
間違いなく。



間違いなく死ぬと断言されてしまったミャオはそれからいろいろ荷を増やしたのだ。
でもこの荷がなければほんとに死んでただろう。
軽業師とは思えぬほど着膨れしているミャオの銀のピアスから声がした。
新製品とか云う小ぶりのそれはなかなか精度はよさそうだ。声はちゃんと聞こえる。
『ミャオ、こちらシナリー9番支局』
マフラーの内側に仕込んだマイクで無声音で応じた。
「聞こえてるぞー、そんでどこに忍び込みゃいいんだ?」
『今から云う、首都ロスリンのメインストリートを…』
聞き終えたミャオは道化の仮面を被り、まっすぐに目的地へ歩き始めた。
一歩ごとに、この冬国での任務が始まる。

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