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「ミャオ」
眠りから醒めかねている頭に響く、耳慣れたテナー。
幼い頃と同じ抑揚、それでもめっきり低くなり、
「ミャオ」
呆れたような声音には疲れが滲む。
道化は眼を開けた。
無理矢理頭を覚醒させ、意識を眠りから引き戻す。
「…ごう」
幼馴染の顔。昔のように名を呼べば、彼は薄く笑った。
次いで目に入る帝国海軍の少佐の部屋は、やはりそれなりに広く、立派だった。
道化――ミャオは頭痛に顔を顰める。
「お前さ、よくこんなベッドで寝れるよな」
柔らかすぎて乞食同然の道化には合わねえよ、とミャオは首を左右に傾けた。
ばきばきと音をさせて身体を伸ばす。
「流石、体は相変わらず柔らかいな」
少佐――ゴウがそう云って鼻で笑う。
「将軍がお呼びだぞ」
だがまさか二人揃って堂々と中を歩くわけにもいかない。
ゴウはともかく、ミャオはお尋ね者なのだ。
だがそこは手慣れた様子で、ミャオは飴色の短髪の鬘をかぶって海軍の制服を纏う。
「一丁上がり」
二人は顔を見合せて、年相応ににやりと笑った。

「入りなさい」
白髪の初老の紳士、帝国海軍将軍は相も変わらず好々爺然としていた。
「ミャオ、今回の首尾はどうだった?」
書類の散らばる机の上に老眼鏡を置いて、将軍はにこりと笑う。
下品に怒鳴り散らすことなく、それでも相手を威圧する威厳は将軍の身の内からにじみ出ていた。
部下であるゴウだけではなく、ミャオも毎回背筋が伸びるような思いをしている。
「今回は結構散々な目に遭いましたが」
そこでミャオはぎこちなく笑った。
ただでさえミャオは朝、寝起きが悪い性質なのだ、目覚めてすぐにこの人に会うのはきつい。
まともにしゃべれている自信がない。
「胡椒にも仕掛けがしてあったりと、気を抜けぬ時局が訪れています」
「俺も同感です」
隣のゴウからの助け船にミャオはほっとして、すらすらと答える幼馴染の声に耳を傾ける。
自分の調査内容を昨日のうちに話しておいてよかったと、ミャオはぼんやりと思った。
「では、私の方からも当面の問題をお教えしよう」
周囲の国のごたごた、国の中の緊張関係、そして暗躍する裏の世界の人々。
国内の最下層の悲惨な状況。
飢餓、貧困、病、エトセトラ、エトセトラ。
ミャオもゴウも、下層市民の出だ。
いい気はしない。
心なしか将軍の眉も顰められているように見える。
上に立つ者が己のことしか考えていない国では、やはり民は幸せになれぬのだ。
無駄に肥えた土地のせいで、他国にも目をつけられ始めている。
戦になったとき、この国が勝てるとは到底思えない、理論的な試算。
問題は山積みだった。よいことは恐ろしく少ない。
将軍の話を聞き終えたゴウが云った。
「――やはり、引き続き継続して調査は行うべきだと思われます」
重々しいため息と共に、将軍はゴウの言葉を噛み締めるように眼を閉じた。
「フム、なるほど。――分かった、下がりなさい。次の候補地は追って知らせる」
将軍の部屋を辞し、ようやく人心地ついたミャオはゴウに云う。
「やっぱお前がいないとあの人に会うのは無理だ」
「でも、ミャオの調査は役に立ってる」
民はこの山積した問題は知らない。
「腐敗した王族を、軍上層部を、倒さなければ明日はない」
だからミャオはまた、他の地に行くのだ。
ゴウや他の仲間達と暮らした、あのサーカス団での暮らしにはもう戻れない。
しばしミャオは、ゴウの部屋で追憶に耽った。

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