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 狭い路地を少女が歩いている。今にもスキップしそうなほど軽やかな足取りで。
 短めに切りそろえた明るい茶色の髪と、同じ色の瞳を持つ少女だ。彼女は短いスカートを穿き、白く細長い脚線を惜しげもなく晒している。
 他国の中には女性が素肌を見せるファッションに関して宗教的な制約のある国もあるが、この国――シナリー王国ではタブー視されていない。
「うふふ。今日は大漁だったわあ」
 少女は余程嬉しいことがあったのか、目尻を下げて鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
「!」
 少女の足が止まった。彼女の行く手にひとりの男が立ちふさがったのだ。
「よう、フィリダ。随分と羽振りがよさそうじゃねえか」
 もう何日も着替えていなさそうな、あちこち擦り切れてぼろぼろになった皮製の衣装を着ている、大柄な男だ。禿頭のせいか今ひとつ年齢が想像しづらいが、青年期の体力を維持した中年といったところか。剣を携行してはいないが、男の体格と物腰は傭兵くずれを連想させる。そういう目で観察すれば、男が身に纏う衣装は、元は革鎧だったのかも知れない。
 名を呼ばれた少女――フィリダの下がっていた目尻が吊り上がる。彼女の茶色の瞳には、爪と牙を隠した猫族を思わせる剣呑な眼光が宿った。射るような視線は、それだけで相手を突き刺しかねないほどに鋭い。
「何の用だか知らないが、生憎こっちにゃ用がないんだよ――邪魔だよ、どきな」
 先ほどまでと同じ少女の声とは思えない。フィリダは、場数を踏んだ者にしか出せないドスの利いた声で応じた。
「おお、怖いねえ。……まあ、話だけでも聞いてくれや。今日は商売の話を持ってきたんだぜ」
 男はフィリダの反応を気にせず、にやりと笑いながら懐から小さな包みを取り出した。
「いつから商人になったのさ。あたしは素人と商談するほど暇じゃないんだ、いいからとっととどきやがれ!」
 フィリダにはとりつく島もない。男はひとつ嘆息し、体を横にして道をあけた。
 無言で通り過ぎようとしたフィリダは――、男に腕を掴まれてしまった。
「ふうん? あたしが一晩幾らするか知ってるの?」
 腕を掴まれたフィリダは、特に抵抗しなかった。むしろ妖艶な笑みを浮かべ、柔らかい口調で男に話しかけた。
「それより、あんたごときがあたしに手を出したこと、ギルドのお頭が知ったらどうなるかしらねえ――ま、ばれないわけがないけど」
「す、すまねえ。はずみで腕を掴んじまった」
 少女が言葉を荒げていた間は平然としていたはずの男が、何故か滑稽なほど狼狽している。彼はあわてて少女の腕を離し、一歩退がった。
「ブツはこれだ。正真正銘ジクテン王国の――いや、何でもねえ。……頭領様に見ていただいてからで構わねえ。金額の交渉はその後だ」
 男は手に持っていた包みをフィリダに手渡した。
「そいつはサンプルだ。今すぐならその十倍。一週間くれれば百倍の量を用意できるぜ。明日のこの時間、またここに来る」
 男は一方的に言い残し、早足で立ち去ってしまった。
「……」
 フィリダは男が手渡した包みを、汚い物でもさわるように指先で摘み、立ち去る男に一瞥をくれた。しかし声をかけようとはせず、すぐに踵を返し路地の奥へと歩き始めた。

 しかし、彼女はまたしても足を止めるはめになった。
「待ちな、ねえちゃん!」
 先ほどの男とは別の声。背後に複数の足音。
「包みを返してもらおうか」
 嘆息しつつ振り返ったフィリダの目に、左右から男たちの剣に刺し貫かれている傭兵崩れの姿が映った。
 傭兵崩れを刺した男たちが二人、声をかけた男が一人。そして、フィリダが振り向いた瞬間に左右と背後に三人の男が回り込んだ。合計六人の男たちだ。
 いずれも一般的な商人風の格好をしており、傭兵崩れよりスリムな体型だ。しかし、適度に気配を消し、驚くほど素早く動く。恐らく忍びを生業とする男たちに違いない。
「あら。ヤバそうなブツなのね。返すわよ」
 言うなり、フィリダは包みを真上に投げ上げた。
「な――!」
 フィリダは右の男の鳩尾に右肘を、背後の男の顎に左足の踵を同時に叩き込んだ。
 左の男がフィリダの頭を掴もうと手を伸ばす。
 しかし、フィリダはごくわずかに身体を回転させた。
 男は彼女の頭を掴みそこねて身体を泳がせる。
 そこに、真後ろに振り上げていた彼女の左足が――爪先が男の首筋にきれいに入った。
 しかし――。
「お見事。しかしそこまでだ」
 いつの間にか、最初に声をかけた男が彼女の背後にいた。
「くっ! 離せ、この――」
 フィリダは後ろ手にねじり上げられ、正面には先ほど傭兵崩れを斬った男たち二人がゆっくりと近付いてきた。
 そう言えば、投げ上げた包みが落ちてこない。
「ぐあ!」
 突然身体が自由になった。
 フィリダは背後の状況を確かめるよりも先に、正面右側の男の首筋に手刀を打ち込んだ。
 左側の男が反応し、剣を振り上げる。
 しかし、その腹を何者かに蹴り飛ばされ、身体をくの字に曲げた状態でふっ飛ばされた。非常に重い蹴りだ。
「誰よあんた――道化師!?」
 フィリダは新たな男の登場に警戒しているが、一応助けてくれた相手だと認識しているのか身構えてはいない。
「見ての通りさ」
 白い化粧と黒い唇が印象的だが、見慣れたクラウンとは違う。化粧をしていても端正な顔立ちであることが見てとれる。右手に扇子、左手には――フィリダが投げ上げたはずの包みを持っている。
「あ、それ……」
「どうするよ? あんたの商売相手、殺られちまったぜ」
「知らないわよ。中身が何かも知らないし」
 フィリダの疑問に、道化師はあっさりと答える。
「おおかた、胡椒だろ。保存の利かなさそうな包みだぜ……。匂いが漏れてるじゃねえか」
「胡椒? あいつ、たしかジクテン王国とか言ってた」
「密輸だな。ジクテン王国はダーイエ帝国の植民地――」
 ダーイエ帝国といえば、香辛料の利権争いで周辺の国々を叩きのめしてきた悪名高い大帝国だ。
「あー、いらないいらない! 一旦お頭に見せてからと思ったんだけど、やめとく」
 盗賊風情が国同士の喧嘩に巻き込まれるのは御免である。
「あんたそれ持って帰って!」
「そう簡単には帰してもらえそうにないぜ……」
 どうやら路地は、先ほど闘った六人の“商人”たちと同じ臭いのする男たちに取り囲まれているようだった。ちらりと姿を確認できるだけでも先ほどの倍は人数がいそうだ。
「あちゃー。マジでヤバいわね、この状況。ところで、あんた何者?」
「言っただろ、見ての通りだって。あんたといると、退屈しなくて済みそうだぜ」
 その白き横顔に焦りの色はなく、むしろうっすらと微笑んでいるようにさえ見えた。
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