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 突き出された剣先が空を切る。
 ゴウは身を低くしてその切っ先をかわしていた。
 わずか数センチ頭上をかすめたその剣を下から跳ね上げる。
 キィン!
 剣と剣のぶつかり合う金属音が響き渡る。
 青空に跳ね上げられた剣が回転しながらキラリと太陽の光を反射する。
 ズサッ!
 ひるんだ敵兵の目の前にそれは突き刺さる。
 ゴウは足元に落ちたそれを抜くや否や、回し蹴りを叩きこんだ。
 完全に無防備な敵兵はもろに食らって、狭い足場から、はるかかなた下の海に落ちていく。
「うわあああああ・・・」
 バシャン。
 そいつは青い海の中に吸い込まれていった。

 逃げる場所のないヤード(マストと直角に交わる、帆を支える横棒)の先でゴウは次々とアビルト兵士を打ちのめしていく。
 一人倒しても後ろからまた新手が現れる。
 敵艦はほとんどが撤退にかかっていたものの、白兵戦になると、情報網が麻痺していて末端の兵士まで命令が下っていない。
 敵の脅威からシナリーを守るまでは、城に戻る事はできない。
 消耗戦になれど、最後まで戦わねばならない。
 まず、今はこの敵艦を沈める事を考えねば。
 ゴウは、この戦闘の行方まで思いを巡らせつつも、死と隣り合わせの戦場で戦いを繰り広げているのだ。
 
 次の敵兵がタックルを食らわせてきた。このまま海に突き落とそうという魂胆だ。
 ゴウは身軽にそれを右にかわす。が、足場はない。
 宙に浮いた体を、それを計算していたかのように、ヤードからでているロープを左手でつかんでいた。
 目標を見失った敵兵がまた、海に落ちていく。
 ヤードの下にぶら下がりつつ、それを目で追って確認した後、宙吊りのまま、右手に持っている剣でロープを切断しにかかった。
 敵兵は次から次へとヤードに登ってくる。このままではキリがないと彼は判断したのだ。
 ブチ、ブチブチブチ・・・。
 ロープが切れる音がする。
 ガラガラガラ・・・。
 ゆっくりとだが、滑車が動き始める音が聞こえてきた。
 そして、ゴウのつかまっていたロープが緩み、伸び始める。
 その反動を利用して彼は中央のマストに乗り移る。
「そこを離れろ!!!」
 味方兵士に向かって、彼は大声で怒鳴った。
 今までゴウの乗っていた、ヤードが大きく斜めに傾いでいる。
「わああああ」
 ヤードに乗っていた敵兵士はひとたまりもなく落下し始める。
 そして船上にいた連中も蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げようとする。
「トドメだ!」
 ゴウは片手でマストにつかまりながら、滑車に向かって剣を投げつけた!
 剣はくるくると回転しながら滑車に挟まる。
 動くロープが徐々に剣によって削られていく。
 そして次の瞬間、轟音を立ててヤードが戦場に落下する。
 船は揺れ、甲板に大きなダメージを受け、船員は大混乱に陥る。
 
「よくも我が船を・・・」
 ゴウは、術に集中しようとしている魔道士を見逃さなかった。
 よりにもよって、そいつがかざしている手の先にはエレナの姿が。
 彼女は剣を振るって必死に敵兵と戦っている。魔道士には気がついていない。
 彼はスルスルとマストから降り、エレナに向かった。
 さっき剣は投げてしまった。
 ここからでは敵との距離がありすぎる!
 魔道士の手に赤い光がともった。
 ゴウは、剣をかざしているエレナに勢いよく突っ込んだ。
 赤い光が炎となって空間を突き進む。
「きゃっ」
 炎はエレナにかぶさるようにして倒れこんだゴウの背中をかすめて、消えていった。
 マントを焼く臭い。
「ゴウ!」
 エレナが、まだ立ち上がれずに、襲いかかって来る敵兵の攻撃を受け止めながら叫んだ。
 彼女の背後からも敵兵が突っ込んでくる。
 ドスっ。
 片目を閉じながらエレナが恐る恐る見ると、敵兵が呻きながらスローモーションで倒れる姿が見えた。
 次いで剣を受け止めていた方の敵も、足払いをくらってひっくり返る。
「!」
 ゴウが悪あがきする敵兵のみぞおちに一発叩きこむ。
 そして、彼女はゴウが再び詠唱を始めた魔道士に向かうのを見て、後ろから剣を投げた!
「行け!」
 クルクルと回転しながら剣が空を切る。
 魔道士のローブを一部引き裂いて、背後に突き刺さる。
 ゴウは、油断した魔道士を飛んでかわし、刺さった剣を振り向きざまになぎ払った。
「な・・・に・・・」
 どさっ。
 魔道士が倒れる。
「大丈夫かい、ゴウ!」
 エレナが後ろから駆けよってきた。
「ああ、心配ない」

「申し上げます!」
 息つく間もなく、通信が入る。
「シナリー王宮の魔道士が爆死。敵の作戦は頓挫した模様。アビルト艦隊は撤退!追撃をやめ、帰還せよ!」
 ゴウは、ふぅっと大きく息をついた。
 エレナは飛び跳ねて喜んでいる。
「帰ろうか」
 ゴウはエレナの剣を床に突き立てて、先に自分の船に向かって歩き出した。
「祝杯でもあげなきゃな」
 エレナは床に刺さった剣を引き抜いて、歩き出したゴウの背中をつついた。
 丁度魔道士の炎をくらった所だった。
「ちゃんとアーマーを着込んでやがったか」
 カンカンと金属音が鳴り響いた。
 ゴウは、焼け焦げたマントを空に向かって放り投げた。
 太陽が傾いて赤みがかった空に、白いマントが飛んでいった。
「借りはちゃんと返せよ」
 ゴウの呟きに、エレナがフっと鼻で笑った。
「何だい?返して欲しいのかい?この、何も無い船の上で、乙女にそんなこと求めて」
「何言ってやが・・・」
 反論する間を与えず、エレナが言う。
「ヤダヤダ。これだから男ってヤツは。困るねえ」
 彼女は、ゴウを通り越して、身軽に、駆けて行った。
「ったく」
 舌打ちしつつも、彼女の無事を喜んでいる自分がいる事を、ゴウは認めざるを得なかった。
「野郎共!帰るぜ!シナリーに!」
 エレナが陽気に叫んでいる。
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 見張り兵の初撃の狙いは袈裟切りだ。
 ミャオから見て左上から振り下ろされた――疾い!
「くっ!」
 鉄扇で受け流し、無駄を承知で呼びかけてみる。
「目を覚ませ! あんた、魔術で身体能力の限界を超えた動きを強要されてるぜ! このまま動き続けたら体中のあちこちの腱や靱帯が切れるっ!」
 ミャオが叫ぶ間にも、二撃、三撃と連続して剣戟が繰り出される。
 いつものようにちゃっちゃとケリをつけたいところだが、さすがのミャオも限界を無視したパワーとスピードで動き回る見張り兵をそう簡単に攻略できない。
 ミャオが跳んだ。
「よし!」
 フェイントだ。
 頭上に振り上げた見張り兵の剣を、ミャオのマフラーが絡め取っていた。
「ぬう……うっ!」
 互いに足を止め、マフラーの一方の端をミャオが、マフラーに絡め取られた剣の柄を見張り兵がしっかりと握り、力の限り引き合っている。特殊な防刃繊維を編み込んだマフラーは、そう簡単に剣で千切られる心配はない。
 ミャオは突如マフラーから手を離した。
 見張り兵はバランスを崩し、後方に仰け反る。
 ミャオは身体を回転させつつ、見張り兵の懐に飛び込んだ。
 見張り兵は剣に絡み付くマフラーを無視して振り下ろしたが、ひと呼吸遅かった。
「がっ!」
 ミャオの鉄扇が見張り兵の鳩尾に決まった。見張り兵は一声発して気絶した。
 だが――
「動くな!」
 騒ぎを聞きつけ駆けつけた衛兵達は、ミャオを敵だと認識してしまったようだ。
 なにせ、今のミャオは素顔。しかもシナリー兵と戦っていたのだ。
 衛兵に囲まれたミャオは、鉄扇を捨てて手を上げた。
「ちょっと待て。話せばわかる……」
 ミャオの言葉を聞いて近付こうとした若い衛兵を、年上の衛兵が片手で制する。
「ダメだ。こいつが伸したのは地下牢の見張り当番。であれば、外見こそ変わっているがこの男……。捕まえておいた魔導師かも知れん!」
「了解しました、隊長! それで、どうします?」
「どうやって脱獄したか知らんが、二度と脱獄できぬよう、手足を弓矢で貫いてくれよう。弓兵!」
 隊長の号令に応じ、数人の衛兵がミャオを取り囲み、弓に矢をつがえた。同時に矢を射かけられたら、いかなミャオとて避けようがない。
「おいおい。話ぐらい聞けよな……」
 ミャオは両手を上げたままげっそりとつぶやいた。



 一方、地下ではふたりの魔導師が睨み合っていた。
「貴様、“盲目のヴィンス”か。名前だけは知っているぞ、最強魔導師の誉れ高き男だからな。……だが、久しぶりとはどういう意味だ?」
 両眼を包帯で覆っているヴィンスを前にしても、ジュラーダは全く油断した様子を見せない。
「あなた、アビルトに雇われるよりもずっと以前、盗賊の用心棒みたいなことやっていましたね?」
「だったらどうした?」
 ほう、憶えていない?――薄ら笑いを口元に浮かべ、ヴィンスがさらに聞く。
「コルトンの村を襲ったとき、村ごと焼き討ちしましたね?」
「……」
 無言の肯定。ヴィンスの薄ら笑いが消える。
「コルトン村には、両親と妹が住んでいた」
「なに!?」
「わたしのこの目も、そのときに」
「そうか、貴様コルトン村の出身……。復讐か」
 包帯越しに、ヴィンスの目の位置が白く輝く。
「うおっ!」
 何の前触れもなく、ジュラーダの前後左右や天井、床から複数の光の刃が襲いかかった。
 命中!
 しかし、ジュラーダの形をした土塊が溶け崩れただけだった。
「ぐあ!」
 今度はヴィンスが叫ぶ。
 背後から剣で貫かれたのだ。
 ヴィンスの背後の床から、ジュラーダがせり上がってくる。
「! 味な真似を……」
 ジュラーダが突き刺したのも、ただの土塊――ヴィンスの形をした土人形にすぎなかった。
 気配を探るため、ジュラーダは目を閉じて集中した。
 次の瞬間、崩れたヴィンス型土人形の中から腕が伸びてくる。
「ぎゃあああ!!!」
 伸びた腕がジュラーダの右足首を掴んだ刹那、強烈な紫電が飛び散った。
 右足首から下を失って転倒しながら、ジュラーダはヴィンスの腕が生えている土に剣を突き立てた。
「くっくっくっく」
 仰向けに転倒したジュラーダは、天井を視界に入れて凍り付いた。
 天井に両足をつけ、逆さに立っているかのような格好のヴィンスがそこに居たのだ。ヴィンスの右腕の肘から先が――ない。
 痛みを無視し、ジュラーダが足元を見ると、そこにあった腕が消えた。
 再び天井を見ると、ヴィンスの右腕が元に戻っている。
 ――が、そのヴィンスが呻いた。
「うっ!」
 ヴィンスの右腕から剣の切っ先が生えていた。
「ふふふ。転んでもただでは起きぬ。……!?」
 嘲笑したジュラーダが目を見開く。
 ゆっくりと自分の腹に視線を動かすと……。
「ぐふっ! く、くそ」
 剣の切っ先だけを空間転移させ、ヴィンスの右腕を奪うつもりだった。しかし、ヴィンスの方が上手だった。再び転移した切っ先は、ジュラーダの腹に突き刺さったのである。
「ジ・エンドだ」
 天井からヴィンスの言葉と共に紫電が降り注ぐ。
「おのれぇぇ!!」
 結界で紫電を防ぐジュラーダだったが、腹と足首の痛みのせいで集中できない。
「ヴィンス。貴様の最強伝説は、ここで終わりだ。どうせ敵わぬのならもろとも――!」
 ジュラーダは最後の手段に打って出た。
 次の瞬間、ジュラーダを中心に巨大な光芒が膨れ上がる。



 耳をつんざく轟音。喩えるなら、間近で打ち上げ花火と落雷の音を同時に聞いたような衝撃だ。
 次いで王宮を揺さぶる強烈な揺れは、地下で激しい爆発が起きたことを如実に物語っていた。
「な、なんだ!?」
 衛兵達は構えていた弓を取り落とし、立っていた者は例外なく床に転がる。
「今だっ!」
 倒れそうになったミャオを魔導師が抱え、そのまま空間転移した。
「な、なんだ!?」
 景色が変わる。
「国王の部屋です!」
 ミャオは魔導師の叫びを聞いて視線を巡らす。
「うわ、やべぇ!!」
 床に転がる国王の上に、本棚が崩れ落ちようとしていた。
「うわわわわ!!」
 国王を抱えて転がったミャオは、本棚の直撃は免れたものの、大量の本に埋もれてしまった。
「おお。ミャオではないか。おかえり。アビルトは寒かったであろう?」
 ミャオは以前、国王にだけは素顔を見せたことがある。流石に国王にせがまれては拒めなかった。
 場違いな挨拶を寄越す国王は、50かそこらの小肥りの男であるが、この状況に動じていないという意味では大物と言えよう。
「……ただいま戻りました」
 本に埋もれたまま苦笑しつつ返事をするミャオ。彼は視線を魔導師に向けて言った。
「おい、そこの魔導師」
「は、はい」
 自分を助けてくれた男を、勘違いした衛兵から助けただけのつもりだった魔導師は、彼が国王と知り合いだったことを知って緊張していた。
「俺が元宮廷道化師だってこと、内緒な♪」
「わかりました」
「あ、あと……。あんた怪我してるのに、俺を助けてくれてありがとう」
「大丈夫です。ちょっと足の骨が折れた程度ですから」
 国王は魔導師を無視して会話に割り込む。
「しばらく顔を見なくて退屈しておったぞ。またわしを楽しませてくれ」
 将軍の思惑どころか王宮の危機にさえ無頓着な自由人ぶりは健在だ。
 ミャオは頭痛を堪えつつ、気絶したふりをした。
「なんじゃ寝不足か? つまらんのう」
「……」
 魔導師が頭を抱える。ミャオの頭痛は魔導師にも伝染したようだ。

ヴィンスが繋ぎあげた空間と空間との間を、ヴィンスとミャオの二人は疾走していた。
きっとこの先では魔術戦になる。
空間を維持する時間だって、短い方がいい。
魔術戦ならミャオの出る幕はほとんどないに等しい。
しかし、どう見たって腕力がないヴィンス一人を行かせたのではあまりに危ない。
「わたしは腕力はないからね」
と薄く笑ったヴィンスはそれを自覚しているようではあった。
しかしだからと云って鍛えようと云う認識はないようだ。
そう見たミャオはバヌールが手をひらりと振って行くように命じたのに素直に従ったのだ。
そして、本当にヴィンスは体力がないようだった。
だから今疾走しているのは正確に言うならばミャオ一人だ。
ヴィンスは下手に消耗されたらかなわないと判断したミャオが背負っている。
痩せこけた身体は見た通り軽くて、背負ったまま大道芸をこなせるな、とミャオは思う。
軽やかに駆ける、残り数メートル。
出口の向こうに何が待つのかは判らないけれど、相応の覚悟をして、二人は出口を駆け抜けた。



その頃ゴウは互いの船に乗り移って戦う白兵戦のただなかで戦っていた。
厚い鋼の大剣を見事に操り、一帯の敵を薙ぎ払っていく。
エレナの姿がちらちらと視界に入ってくるたびに、ああ彼女はまだ生きているのだな、と認識した。
戦いの最中は自分のことで精一杯であるべきだ。例え相手がどんなに力不足であろうとも。
相手を見くびることは敗北、つまり死に直結する。
ここはサーカス団ではなく、自分は護衛をしていればいいわけではない。
戦場での、命の取り合いだ。
眼の前の敵の刃をしっかりと受け止める。
力の拮抗。
戦場でゆっくり鍔迫り合いをしているのは不毛だ、と相手の腹を蹴飛ばす。
そいつが待ち構えていたゴウの味方に貫かれるのを確認しつつ、背後からの敵の斧を弾き飛ばした。
容赦なく、斧の刃と同じ運命を持主の首にも辿らせ、両側からの奇襲を避けて相討ちを誘う。
味方同士だったはずの二人の返り血を体の前面に浴びて、ゴウの白い軍服が赤に染まる。
その死体の裏から飛び出してきた男と二三度切り結んで、その剣ごと袈裟がけに斬り下ろした。
もともと砲撃で相手の数を削ってある。
「勝機は我らにあり!」
そうゴウは吠えた。



ミャオは部屋の隅に転がっていた。
失神していた魔導師と明らかに下っ端の見張り兵を抱えて、横っとびに跳んだ刹那。
自分の背中からの力と右側からの爆風に近い暴力的な力の塊。
体中が軋んだ。
関節が悲鳴をあげ、小さな掠り傷ですら血を噴き出す。
辛うじて受け身を取ったお陰で石造りの壁に勢いよくぶつかる事態は免れたが、それにしても痛い。
口の中を切ってしまったらしく、溢れた血を吐き出すと、ヴィンスがちらりとこちらを見やった。
ヴィンスはどうやったものか上手く床の上に立っていた。首を傾げている。
「大丈夫かな?」
「…まあな」
ミャオが唸ったのによかった、と笑って、ヴィンスは敵に向き直った。
「こんにちは。久しぶりだね―――ミスター・ジュラーダ」
相対する、白髪の魔導師。
あの男だ、とミャオが確信する瞬間、ヴィンスが手のひらをミャオに向けた。
「この人が相手だと、わたしも加減はできないと思うよ」
ちょっと避難しててくれるかな、と云って、ヴィンスは部屋中の人間を地上へ転移させた。

ミャオはゆっくりと立ち上がった。節々の痛みはこの際放っておこう。
同じように立ちあがった見張り兵を油断せずに見つめる。
虚ろな瞳。
操り人形のような、不自然な立ち姿。
「操られたのかよ」
鉄扇を握り締めて、ミャオは猫のように背を曲げて独特の構えを取った。
「お前のこと助けてやったのにな」
見張り兵が勢いよくこちらへすっとんでくる。
ミャオはちょっと苦笑して、大地を蹴った。

「・・・シナリーが危険だ」
 ヴィンスがやや張り詰めた声で言った。
 隣にいたバヌールは、フッと鼻で笑った。
 その鼻息だけで、近くにいる細身のヴィンスは飛んで行きそうだ。ミャオははたで見ていて思った。
「何が見えた?このままじゃヤバイってのかい?」
 ヴィンスは何かに集中するかのようにしばらく間を置いてから口を開いた。
「術師が動き始めたようだな。ヤツをのさばらせておくと、わたし達の支払い主がいなくなるかもしれないね」
「そりゃぁ、困るね」
 なんたって傭兵たちに振舞ってやらなきゃならないからね。
 バヌールは豪快に言った。まったく、恐れている様子はない。
 ミャオはこの戦場で、まるで恐れを知らないかのような二人の会話に、戦慣れした傭兵の凄さを感じた。
 ミャオだって、今まで危険な目に何度もあってはいる、が、この逃げる場所もない海上でなぜ、こんなに落ち着いていられるのだろう。
「どうしたい?」
 ミャオはバヌールに声をかけられて我に帰った。
「い、いや」
 そこにいるバヌールは、女性なのにたくましく、戦場なのにいきいきとしている。そして、大勢の部下から慕われている。
 彼は、共に行動するようになって徐々にだが、頭でいるその理由が分かってくるようになった。
 窮地でも屈することなく、一枚上の手で敵を翻弄する。
 コイツについて行けば確実だと思わせるほどの器量と策。
 それを兼ね備えながらも、回りの部下に気配りもできる。
 近寄りがたいオーラのようなものさえ感じる。
 ――何だろう、この感じ・・・。
 年上であろうバヌールになぜか妙に魅力を感じる。
 でも、一緒にいたら、一生こき使われそうだ。
 ミャオは、頭をぶるぶる振った。
「なんだい?急に怖気づいたのかい?」
 情けないね。
 バヌールはミャオを茶化すように言った。
「ふん」
 馬鹿にされたような気がして、ミャオは目をそむけて海上を見渡した。


 船は随分シナリー寄りまで来た様子だ。
 アビルトの砲に狙われて一時はどきりとしたが、今はアビルト艦隊の同士討ちにより、この船は無事でいる。
 そんな時、ゴウからの通信が入った。
「ミャオ。聞こえるか」
「ああ」
「これより我が艦隊はアビルトに攻撃を加える!」
 緊張感漂うゴウの声。
「ああ。こっちも大部分がシナリーについた」
「大体の事は斥候眼で分かっている」
 そういえばそんな名前の魔道アイテムが存在したか。今までは王宮に捕らえられていた魔道士の障壁で使えなかったのだろう。
「ゴウ」
 ミャオは、敵に死んでも突っ込みかねない彼のことを気にしていた。
「無茶すんじゃねーぞ!」
「何を今更言っている!戦いは始まっているのだぞ!」
 ・・・そんなことわかってら。
 心の中で舌うちしながらもミャオは言った。
「突っ込むなよ!石頭め!」
「突撃せずにどうやって敵を撃破するんだ!切るぞ!」
 ブツ。
 ・・・切りやがった。あの、石頭め。
 ミャオは小さくため息を一つついた。
 いつもそうだった、ゴウは。だから、将軍にも信頼され、今のポジションに至るのだろう。
 

 
「で、ヴィンス、何か方法はあるのか?」
 バヌールが言った。
「・・・乗り込もう。船では遅すぎる・・・」
 何かを透視しながらヴィンスは言った。
「ここはどうする?敵の大部分は混乱しているが、一部はまだ健在だ」
「大丈夫だ、ゴウ少佐がやってくれる」
 わたしには見えているよ。彼の活躍が。
 ヴィンスは軽く微笑みながら、ミャオに向かって言った。
 まるで心を見透かされたかのようなミャオは、ヴィンスの言葉に、どきりとした。
「わたしの力で、さらに彼に力を与えよう」
 すると、彼はぶつぶつと呪文を唱え始めた。
 長時間とも思える詠唱の後、何かが起こった。
 見えない空間を力が走りぬけて行くような・・・。
 オーブを手にかざす、ヴィンスからは気が発せられている。
「?何だ?」
 それが何なのかミャオには理解できない。しかし、何らかの魔法を使ったのはわかる。
「これで、敵からはシナリー艦隊が確認しにくくなるだろう」
「ほう、お得意の幻覚かい?」
「そうだ、敵からは霧がかかったように、艦隊へ攻撃を加えるのは難しくなるはずだろう」
 ヴィンスはかかげたオーブを懐に戻した。
「行くとしようか、場所はシナリー地下牢。だが、油断は禁物だ。相手は相当な術師だ」
 空間をつなぐ魔法を続けて唱え始める、ヴィンス。
 敵の魔道士も強いと言うが、こんな高度な魔法を続けて使えるとは、このヴィンスという男もかなりの術師なのだろう。



「総員!突撃せよ!」
 ゴウの怒鳴り声が響いた。
 ゴウから命令される前に、エレナは配下の砲撃手に指示を出している。
 魔道士からの障壁から解き放たれた艦隊は、通信機能も回復していた。
「最大戦速!進めえええええ!」
 ゴウの指し示す先はアビルト艦隊。
「了解、最大戦速」
「敵艦隊補足」
「左舷、砲塔展開」
「ギリギリまで引き付けろ!」
 艦隊は大海原を突き進み、敵艦に近づいていく。
「まだだ、まだ撃つな!」
 敵の大砲が船のすぐ近くの海に着弾し、水しぶきをあげる。

「よし!撃てぇぇぇぇ!」
 船団が一斉に火を吹いた。
 先頭にいた敵艦の横腹に風穴を開ける。
 敵船団の一隻が、ゆっくりと、大きく傾ぐ。
「二番艦、被弾!航行に影響なし!」
「続けて撃て!」
 敵艦は明らかに浮き足立っている。
 敵の砲火は狙いが定まっていない。
 そして航行速度が遅い。砲撃戦になったら動いていない方が負ける。
 あっという間に、数隻を海に沈める。
 周囲の敵艦は、向かってくるどころか、退却し始めた。
 シナリー王国王宮の地下牢は、ネズミさえ通さぬ採光窓が見上げる位置に2箇所あるだけ。天井は高く、床から採光窓まではおよそ5メートルの高さだ。昼間は暗闇にこそならないが、じめじめとした劣悪な環境だ。
 檻に閉ざされた牢の中央近く、闇より濃い真っ黒なローブを脱ごうともせず、捕われの身となった正体不明の魔導師が静かに座っている。王宮の兵士によって簡単に捕まってしまったとはいえ、魔導師は王宮にやすやすと侵入してきたのだ。おそらく空間転移魔術の心得もあろう。
 シナリーの王宮魔導師の中にも空間転移の魔術を使える術者がいる。用心のため、それらの術者により、牢の周囲には空間転移を妨害する結界が張られている。
 ここ数日、魔導師は生命を維持できるぎりぎりの量の食事しか与えられていない。

「無駄なことを。弱らせてから拷問しようというのだろうが、一流の魔導師はある程度の栄養分は自分で合成できる」
 魔導師の名はジュラーダ。つい今し方まで、彼は牢の中から遠く離れたシナリー艦隊へと呪術を送りつけていた。
「!」
 突然手応えがなくなった。いくら集中しても、艦隊の正確な位置さえ感知できない。
「……。妨害されたか。さぞや名のある術者が乗り組んでいるのに違いない」

 牢の天井を見上げたジュラーダ。仰け反らせた頭部からフードが背へと滑り落ちる。
 白い髪は長めでぼさぼさ、牢の薄闇の中にあってさえ青白く浮き上がって見える顔は細く、突き出た頬骨とぎょろりとした双眸は空洞のようだ。
 居眠りしていた見張り兵がジュラーダの様子に気付いた。
 天井を見上げていたジュラーダが緩慢な動作で見張り兵の方を振り向く。
「こ……こっち見んな! お前は死人みたいで気味が悪いっ!」
 見張り兵と視線を合わせたジュラーダは、ゆっくりと口の両端を持ち上げ――笑ってみせた。
「ひ、ひーっ!!」
 ただそれだけで正体不明の魔導師への恐怖心が増幅されたのか、見張り兵はみっともない悲鳴を上げて地階へと続く階段付近まで走り去ってしまった。

 ジュラーダは笑うのをやめ、アビルト艦隊とシナリー艦隊が対峙しているはずの方向へと首を向けた。
「シナリー艦隊め。たとえ勝って帰ってきても、この私が王宮ごと人質にとったも同然。すでにアビルトの勝ちは動かぬよ……」
 この時点ではジュラーダはまだ知らない。両艦隊の結託を。
「王宮内の魔導師は雑魚だ。問題にならん。シナリーの船には多少は手応えのある魔導師が乗っているかも知れんが、艦隊戦で疲弊して戻ってくる軍人どもなど烏合の衆だ」
 ジュラーダはほくそ笑んだ。今頃、艦隊同士が撃ち合いを始めているに違いない。船の数ではシナリーにとって若干不利だ。
 シナリー側に強力な魔導師が乗っているなら、戦力差を埋めるために魔力の酷使を余儀なくされるであろう。
「つまり、軍人だけじゃなく魔導師も疲れ切って帰ってくるわけだ」
 加えて、ジュラーダは自分の魔力に絶対の自信がある。負ける要素などまるで考えつかなかった。

 ジュラーダは瞑目し、集中し始める。
 さきほど見上げた天井の一点と全く同じ場所を再び振り仰いだ。
 彼は目を開けた。その双眸には虹彩がなく、真っ赤な光を放った。
「うわわ!?」
「な、なんだ!」
 突如、ジュラーダが睨み付けていた天井の一点からひとり、またひとりと相次いで2人の魔導師が落ちてきた。
 天井に穴は開いていない。結界をものともせず、ジュラーダが空間転移の魔術を使ったのだ。
 ふたりの魔導師は、あっという間に5メートル下の床に叩きつけられた。彼らは空間転移させられる直前、昼寝でもしていたのだろう。横向きの無防備な姿勢のままで落ちてしまった。ぐきり、という嫌な音が牢の中に響き、魔導師は気絶した。
「ぐああっ!」
 悲鳴はひとつだけだった。落ちてきたふたりのうちの片方が立ち上がったのだ。
「ほう。落下速度制御の魔術を使ったか」
「ど、どうした、なにがあったーっ!」
 腰抜けの見張り兵が走ってきた。檻に手をかけ叫んでいる。
 ジュラーダを睨み付けたまま、そちらを振り向きもせずにシナリーの魔導師が見張り兵に呼びかけた。
「こやつ、相当な手練れだ! ここは私が食い止める。お主は将軍様にお知らせするんだ、急げ!」
「は、はっ!」
 見張り兵の返事を背中で聞き、ワンドを構えたシナリーの魔導師が呪文を詠唱する。
 呪文の詠唱を終え、気合いを込めて叫ぶ。
「ぬんっ!」
 紙を裂くのにも似た音を発し、魔導師のワンドから燃えさかる炎が出現した。同時に、薄暗い地下牢を昼間のように照らし出す。
 間近で燃えさかる炎は、ジュラーダの白髪を赤く染め上げる。しかし、涼しげな顔をしたジュラーダの頬は相変わらず青白いままだ。
 次の瞬間、渦を巻く炎がジュラーダを取り囲み、彼を焼き尽くさんと包囲網を狭めていく。やがてジュラーダは炎の渦の中に完全に呑み込まれてしまった。
「ふん。仲間を気絶させられて、つい手加減を忘れておったわ」
 魔導師は出現させた炎の量が多すぎて、敵の手掛かりも残さず焼き尽くしてしまうであろうことをやや後悔した。
 だが――。
「ぬあっ!?」
 炎の渦の中から、ジュラーダの姿形をした炎の塊が抜け出してきた。そいつは魔導師にゆっくりと歩み寄ってくる。
 ワンドを構え、結界を張る魔導師。
「愚かな。無駄だよ」
 炎の塊となったジュラーダはあざける声を発し、シナリーの魔導師に向けて燃え上がる腕を持ち上げた。すると、炎の腕はもとのジュラーダに数倍する長さまで一気に伸びてくる。
「く、くそぅっ!」
 魔導師は腰を落とし、ワンドをさらに強く握りしめて結界を強化した。白く輝くワンドから放射状の光が出現し、魔導師の正面に光の壁を作った。
「ぎゃあっ!」
 何の抵抗もなく、炎の腕はすっと結界を通り抜けた。
 そのまま燃える掌が魔導師の首を掴む。
 魔導師は、彼の人生の最期に自分の肉が焼け焦げる臭いを嗅ぐことになった。

 地下牢がまた薄暗くなった。炎の塊は、もとのジュラーダへと戻る。
 彼の髪にも顔にもローブにさえも、火傷や焦げ痕などただの一箇所も残っていない。
「ぎゃっ、わっ、あーっ!!」
 階段の一番上まで駆け上がっていたはずの見張り兵が無様に転げ落ちてきた。
 ジュラーダの魔法により、階段が滑り台になってしまったのだ。
 そこに何もないかのように、ジュラーダは檻をすりぬけて牢から歩いて出てきた。
「ふはは。残念だったな」
 ジュラーダに冷ややかに見下ろされた見張り兵は、もはや蛇に睨まれた蛙であった。
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