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 その日を境に彼らは王国の目となり耳となり、活躍するようになった。
 時には偵察まがいのことを、時には力にものを言わせるような、危険な任務についたこともあった。
 そんな、まだ色あせていない過去の出来事を思いをはせている時だった。 


 パーンパーン!!
 
 突如、かんしゃく玉が弾ける様な鋭い音がして、追憶に浸っていたミャオは我に帰った。
「何だ?」
 この部屋の主であるゴウも、その音に神経を集中させている。
 仮にもここは王宮のとある一室だ。物騒なことが起きるわけないと思われているその場所で、この物音は一体なんだ。
 考える前に、ミャオは部屋のドアを開けた。
 石で組まれた王宮の廊下。豪華なじゅうたんが敷き詰められ、壁に掛けてあるランプシェード一つとっても、ミャオにはいくらかわからないほど高級なものだった。
 そんな高級感あふれる場所で、しかも王侯貴族たちの出入りするような場所で、物騒なことと言ったら、とある貴族の飼っていたネコが逃げ出したとか、それぐらいのことしか思い当たらない。
 それだけ重厚で静かなはずの場所で、一体何の騒ぎだ?
「侵入者だ!」
 廊下の向こうのほうから衛兵達の怒鳴り声が響いてくる。
 こんな平和でのんびりした王国に似つかわしくない。
 しかし、ただ事ではないその様子に、ミャオは神経を張り巡らせた。
「どこのどいつだか知らんが、物騒なヤツだ・・・」
 ゴウはため息混じりに呟くと、ミャオの脇を駆け抜けていった。
「どこにでもいるんだよなぁ。おっと。俺も見物でもさせてもらうか」
 ミャオも、素早い身のこなしで、部屋から廊下に飛び出した。
 そいつは、薄汚いローブをまとった魔道士らしき者だった。
 以前、空間転移させられたことを思い出した。ひょっとして、王国の中に転移することもできるのだろうか?いや、まさかな。宮殿内には腕利きの魔道士が飼われていたはず。だとすれば、宮殿内は結界で守られている可能性もある。
 そうやすやすと空間を渡り歩かれちゃ、国も守れないってもんだぜ。
 ミャオは階段の踊り場に逃げた魔道士を、上の階から見下ろしていた。
 ・・・にしても、もし王宮が結界か何かで守られているとしたら、コイツはどこから転がり込んだんだ?
 どうも、ミャオには悪い予感がしていた。王宮の魔道士が張った結界を破ろうと思ったら、その魔道士の上をいく力がなければならないからだ。
 しかし、杞憂に過ぎなかったのだろうか、薄汚い魔道士はあっさりゴウに取り押さえられてしまった。
 必要以上に抵抗する様子もない。
 これじゃ、まるで赤子の手をねじるようなものだ。
「意味不明だな」
 ミャオは首をかしげると、また元のゴウの部屋に戻っていった。
 目的は何かわからないが、たぶんこれから取調べでも行われるだろう。
 今日のニュースはこの話題でもちきりかもしれない。
 腐敗しきった王族への恨みでも、かんしゃくだまにこめたのだろうか。
 
「ミャオ」
 聞きなれた、ゴウの声で目を覚ますと、もう夕日が赤く染まる頃合になっている。
 ついつい、彼のベッドで横になっていると、気づかない間に眠ってしまったようだ。
「今度の仕事は、大変なものになるかもしれないぞ」
「なんだ、今までだって大変じゃなかったことでもあるのかい?」
 軽く肩をすくめてみせる。
「・・・確かに。しかし、事が厄介かもしれない」
「ちっ。何だよ、もったいぶらずに言え」
 先ほどの薄汚い魔道士がどうかしたのか?とも考えたが、ゴウの答えは見当はずれなものだった。
「戦艦が北東の方向にいるらしいんだ」
「はぁ・・・、それなら、俺の仕事じゃなくて、海軍様のお仕事だろう」
「しかし、今のところそこから攻めて来る様子はない。で、戦争になる前に追っ払えないかと」
「はぁ?海の上で俺に何をしろって?冗談言っちゃいけないね」
 ミャオは窓の外に見える海を眺めた。ゴウはその後姿を見ながら続けた。
「確かに、シナリー王国は海に面しているぶん、他の国家よりも海上に資金を裂いてはいる。しかし、この平和ボケした国で実際に戦争になってみろ、いったい海軍がどれだけ対応できると思う?」
「さあな。腕利きはいようが、それをまとめる奴らがああじゃな」
 彼が言っているのは腐敗した軍の上層部のことだ。
「悩ましいこって」
 ミャオはわざと、人事のように言った。
「俺みたいな卑小な存在がどう国のいざこざを回避できると?スケープゴートになって死ねとでも?」
 半ばゴウにあてつけがましく、言った。
「ばか。俺がそんなことお前にやらせるとでも?」
 ゴウも負けずに言い返した。
 二人はしばらく黙ったまま睨み合っていた。が、ミャオが先に視線をそらした。
 再び、海の向こうをみやった。
「シナリーを襲おうとしているかどうかわからないが、戦艦の持ち主はアビルト王国」
 アビルト王国はシナリーの北、マダイン王国の更に北にある。隣国ではないが、シナリーとは不仲で、よくいざこざを起こしている。
「またか」
 

 その日の夜、ミャオは軽い頭痛に目を覚ました。
 部屋の主のゴウの頭痛持ちがうつったかな。
 暗闇の中、ベッドにいるであろうゴウを見やると、その姿がない。
「なんだ、お前も起きたのか」
 突如、背後から声がする。
「っけっ。今日は昼寝しすぎて眠れねーんだ。そういうお前は寝ないのか」
 ミャオは、ふと、テーブルの上に頭痛止めの薬が転がっているのを目にした。
「俺にうつすなよな、ったく」
 一粒、つまんで口に運んだ。
「何だ、お前もか。おかしいな、馬鹿は風邪ひかないって言うのに」
「悪うございましたね、馬鹿で。少佐殿はさぞかし賢いので?」
 二人は軽口を叩きあった。
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 ひとたび興業を行えば、連日大盛況だった。サーカスは庶民の娯楽として大人気だったことも手伝い、熱狂的なリピーターも多く興行収入は群を抜いていた。
 座長はツェンと名乗った。彼が集めたメンバーは、いずれ劣らぬ大道芸の芸達者揃いだった。彼自身、太刀を呑み込んだり、絶妙なナイフ投げを得意とする大道芸人だったのだ。
 ツェンは道化のミャオよりおそらく一回りは年上だが、その見事な筋肉の張りはミャオを上回るものだった。
 当時としては、彼ら同様に一座を組んだ団体の中で、男性ふたり、女性ふたりの組合せも珍しかったし、演目の多さも他に類を見なかった。
 猛獣使いを披露する女性はリーファ、綱渡りを披露する女性はフローネという名で、若くて見目麗しい彼女らの存在が客寄せに大きく寄与していたことは想像に難くない。実際、素肌も露わな派手な衣装を着たリーファが猛獣に芸をさせたり、別の演目では同様の衣装を着たフローネがナイフ投げの標的にされたりする刺激的でスリリングな演目は、特に観客の人気を集めた。
 4人ともファミリーネームを名乗らなかったが、4人が同時に行う空中サーカスなどは息もぴったりで、家族のような結束力が感じられた。個室の外にいる時はいついかなる時も道化の化粧をとらぬミャオを含め、揃って黒髪であることも家族らしさを演出していたのかも知れない。

 しかし、世の常というべきか。
 金が集まれば、やっかむ者が現れる。
 最初のうちは無視しても実害のない、脅迫じみた手紙や幼稚な嫌がらせがいくつかあった。ツェンたちはあっさりと無視しつづけたが、効果がないと知ると犯人の行動はエスカレートしはじめる。
 犯人は同業者かも知れなかったし、ファンの中でも特別な感情を抑えきれなくなった輩かも知れなかった。
 未然に防ぐことができたものの、猛獣のエサへの毒の混入やテントへの放火未遂といった、とても無視できない事件が起きたことを受け、ツェンはやむを得ず用心棒を雇うことにした。
 用心棒の名はソウ・ゴウと言った。若いくせに茶髪をオールバックにした、えらく貫禄のある偉丈夫である。
 早速、ミャオがゴウをからかった。

「なあ、ゴウさんよ。用心棒なんてつまんないだろ。俺と一緒に軽業やんねえか?」
「人には向き不向きがある。俺はお前のようにはできん」
 ミャオはゴウのまわりをくるくると飛び回る。
「じいちゃんが言ってたぞ。やる前からできないと言うヤツは、ろくな大人になれねえってさ」
 ゴウの肩に手をつき、そこに倒立するような格好をして飛び越えるミャオに、ゴウは相反するふたつの感情が入り乱れるのを感じた。
「見事だ。だが、鬱陶しいっ!」
 ゴウは堪えきれなくなったのか、正拳突きを連続で繰り出す。
「ほっ。よっと。は――」
 ゴウの拳を危なげなく避けた。いや、避けたつもりのミャオだったが、3発目の拳が目の前にあり、絶句した。
「寸止めだ。お前はすばしこいが、少し動きが単調だな。読みやすいぞ」
 してやったり。挑発的に言い放ったゴウだったが、意に反してミャオは笑い出した。
「はははは! すげえぞ、ゴウ! 俺の動きについて来たのはあんたが初めてだ!」
 毒気を抜かれてぽかんとするゴウの肩を、ミャオはぽんぽんと叩いた。
「ほら見ろ! あんたと組めば、新しい軽業ができそうだぜ!」
「魅力的なプランだが、俺は用心棒だ。あんたたちの興業中に一緒にテントの中に入っていたら仕事にならん」
 真面目な顔で正論を言い始めたゴウだったが、途中から表情が緩んでしまった。
「おかしなヤツだな、お前は」
「お互い様さ」
 この時点で、ミャオとゴウのふたりは誰もが認める親友となった。

「なあ、もう勘弁してくれよぉ!」
 独学で様々な勉強をしてきたゴウは、知識が豊富だった。そこで、歳のそう変わらぬミャオに勉強を教えてくれた。しかし、幼い頃から身体を動かすことが好きだったミャオは、机の前で長時間座っていることが苦手だ。
「だめだ。どんな職業に就く者でも、最後は学問が物を言う」
 頑固なゴウに、それなりに詰め込まれるミャオではあったが――
「へーんだ! 俺たちゃ芸で稼ぐ。学問なんて関係ないね!」
 最後は必ず同じ捨て台詞を吐き、ゴウの隙をついて机の前から姿を消すミャオであった。


 そんなサーカスを、興業の合間のある日一人の使者が訪れた。
「貴殿等の能力を、国のために役立ててほしい」
 ミャオは、わけのわからない人物の妄言など、座長のツェンが一蹴してくれると思っていた。サーカスの興業よりも優先されることなど、自分たちの日常に入り込むはずがないと思っていた。
「かねてより考えておりました。私どもの能力でお役に立つのであれば、なんなりとお申し付けくださいまし」
 それは、慌ただしくも楽しかった日常が、音を立てて崩れ去る瞬間だった。

「ミャオ」
眠りから醒めかねている頭に響く、耳慣れたテナー。
幼い頃と同じ抑揚、それでもめっきり低くなり、
「ミャオ」
呆れたような声音には疲れが滲む。
道化は眼を開けた。
無理矢理頭を覚醒させ、意識を眠りから引き戻す。
「…ごう」
幼馴染の顔。昔のように名を呼べば、彼は薄く笑った。
次いで目に入る帝国海軍の少佐の部屋は、やはりそれなりに広く、立派だった。
道化――ミャオは頭痛に顔を顰める。
「お前さ、よくこんなベッドで寝れるよな」
柔らかすぎて乞食同然の道化には合わねえよ、とミャオは首を左右に傾けた。
ばきばきと音をさせて身体を伸ばす。
「流石、体は相変わらず柔らかいな」
少佐――ゴウがそう云って鼻で笑う。
「将軍がお呼びだぞ」
だがまさか二人揃って堂々と中を歩くわけにもいかない。
ゴウはともかく、ミャオはお尋ね者なのだ。
だがそこは手慣れた様子で、ミャオは飴色の短髪の鬘をかぶって海軍の制服を纏う。
「一丁上がり」
二人は顔を見合せて、年相応ににやりと笑った。

「入りなさい」
白髪の初老の紳士、帝国海軍将軍は相も変わらず好々爺然としていた。
「ミャオ、今回の首尾はどうだった?」
書類の散らばる机の上に老眼鏡を置いて、将軍はにこりと笑う。
下品に怒鳴り散らすことなく、それでも相手を威圧する威厳は将軍の身の内からにじみ出ていた。
部下であるゴウだけではなく、ミャオも毎回背筋が伸びるような思いをしている。
「今回は結構散々な目に遭いましたが」
そこでミャオはぎこちなく笑った。
ただでさえミャオは朝、寝起きが悪い性質なのだ、目覚めてすぐにこの人に会うのはきつい。
まともにしゃべれている自信がない。
「胡椒にも仕掛けがしてあったりと、気を抜けぬ時局が訪れています」
「俺も同感です」
隣のゴウからの助け船にミャオはほっとして、すらすらと答える幼馴染の声に耳を傾ける。
自分の調査内容を昨日のうちに話しておいてよかったと、ミャオはぼんやりと思った。
「では、私の方からも当面の問題をお教えしよう」
周囲の国のごたごた、国の中の緊張関係、そして暗躍する裏の世界の人々。
国内の最下層の悲惨な状況。
飢餓、貧困、病、エトセトラ、エトセトラ。
ミャオもゴウも、下層市民の出だ。
いい気はしない。
心なしか将軍の眉も顰められているように見える。
上に立つ者が己のことしか考えていない国では、やはり民は幸せになれぬのだ。
無駄に肥えた土地のせいで、他国にも目をつけられ始めている。
戦になったとき、この国が勝てるとは到底思えない、理論的な試算。
問題は山積みだった。よいことは恐ろしく少ない。
将軍の話を聞き終えたゴウが云った。
「――やはり、引き続き継続して調査は行うべきだと思われます」
重々しいため息と共に、将軍はゴウの言葉を噛み締めるように眼を閉じた。
「フム、なるほど。――分かった、下がりなさい。次の候補地は追って知らせる」
将軍の部屋を辞し、ようやく人心地ついたミャオはゴウに云う。
「やっぱお前がいないとあの人に会うのは無理だ」
「でも、ミャオの調査は役に立ってる」
民はこの山積した問題は知らない。
「腐敗した王族を、軍上層部を、倒さなければ明日はない」
だからミャオはまた、他の地に行くのだ。
ゴウや他の仲間達と暮らした、あのサーカス団での暮らしにはもう戻れない。
しばしミャオは、ゴウの部屋で追憶に耽った。

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