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 先に気付いたのは道化師だった。いやいやながら、当座の相棒に確認する。
「なあ、ハンラスのおっさん。俺たち、さっきから同じところをぐるぐると回ってないか?」
「シルフィーナち――」
 ラクダへの呼びかけを中断させられ、ハンラス14世は不満げに道化師に向き直る。
「なーに言っちゃってんだろうねこのお兄さんは。周りの木の間隔とか変わってるだろうに。だからちゃんと移動して――」
「だーかーら! 増えてるんだよっ! わかんねーのか!」
 不安な状況の中、苛々していたこともあるが、苛立ちをそのままに声を荒げる道化師。
「なにを偉そうに……いや、言われてみれば」
 苛々していたのはハンラスも同じである。思わず言い合いをしそうになったが、それどころではなさそうだと気付いた。
「隙間が狭くなってる! と言うか、閉じ込められた!?」
 なぜか木々の枝がびっしりと張り、通り抜けることができない。出口がなくなったのだ。しかし、閉じ込めるだけで、先ほどの木の妖怪のように襲いかかってくる気配はない。今のところ。

 一方のふたり組は、ムシャバが同じことに気付いた。
「先ほどから我々が進むべき方向を、未知の魔力か何かで巧妙に誘導されている疑いが強く――」
「要するに閉じ込められたって言いたいんでしょ? もっと簡潔に言えないわけ?」
 ムシャバの回りくどさに少し慣れてきたかも知れない。その事実にさえちょっと苛々しながら、フィリダが先回りして言った。
「ほう。意外と落ち着いていらっしゃいますね」
「う。何よその上から目線。……ま、いいわ。とにかく、こうなったら慌ててもしょうがないわね。もう一度、あなたの法力でここがどの辺なのか探ってみてよ」
「それでしたらもう判っています。木に襲われ、散り散りに逃げたので皆さんにお伝えする間がありませんでしたが」
 こぶに栄養を溜め込んでいるはずのシルフィーナちゃんが何やら草を食んでいる。
「あ、こら! ラクダってその辺の草食べても大丈夫だったっけ?」
「心配ご無用です。動物は食べられる草とそうでない草を知っていますから。ちなみにその草、私の想像が正しければ、あなた方お三方が吸い込んだ毒を解毒する薬草ではないかと」
「なんですって!!」
 ここがセイローの森だというのか。早速草をむしろうとするフィリダ。
 ――ぱたり。
 突然倒れるシルフィーナちゃん。
「なに!? どーしたの、シルフィーナちゃん!」
「おやおや。動物でもダメだったようですね」
「何がよっ!?」
「副作用です。自然な目覚めを待っていては起きるのに数年から十数年かかると言われています。従って人間が服用するにはそれなりの手順を経て慎重に煎じなければなりません」
 束の間フリーズするフィリダ。
「……。先に言えくそ坊主……。んで、煎じるのにどのくらい手間かかるの?」
「葉は3日ほど天日に干せばよいのですが、根元も必要でしてね。根元は6日……いえ、最低でも5日ほど天日に干さなければなりません。次に半日ほど葉と一緒に煮て、はじめて服用できますので――」
「だから話が長いって! ……って、ええっ!? 今から始めないと死んじゃうじゃん!」
「そうですね」
「他人事かよっ!」
「まあ、有り体に言えばその通りですが」
 フィリダは考えた。
「待って。草をそのまま食べても、とりあえず寝てしまうだけで命は助かるのよね。シルフィーナちゃんみたいに。でも、自然な目覚めを待つんじゃなくて、起こすこともできるわけ?」
「ええまあ、できますね。煎じた薬草を、他人に飲ませてもらえばいいだけですから」
「あたしシルフィーナちゃんと一緒に寝るうう!」
 何か忘れていないか? ムシャバの表情は雄弁に疑問を投げかけた。
「問題がふたつありますがお聞きになりますか?」
「な……なによ?」
「ひとつ。我々は木の妖怪に襲われています。今もその危険は続いていると見るべきでしょう」
「う……」
「ふたつ。煎じた薬草は他人に飲ませてもらうのですよ? 方法はひとつしかありませんが」
「げげっ! ままままさか」
「ええ。口移しです」
「やっぱ自分で飲むー!!」
 しかしそのためには薬草を天日に干さなければならないのだ。控え目に見ても、かなりのピンチである。

 フィリダは、木登りをした。3人とシルフィーナちゃんを起こすための分量の薬草を持ち、天日に干すのだ。ムシャバも手伝い、かなり上まで登った。
「森の中で野営……。なんか不気味な雰囲気だし、ぞっとしないわね」
「しかし他に方法はありません」

 木登りをするふたりを、ハンラスが見つけた。
「おい道化! あれ、フィリダちゃんじゃないか?」
「お! そうかも! ……おおい!!」
 遠すぎて声が届かないようだ。道化は呟いた。
「木に囲まれたが、登ることはできるようだな」
「くそう」
「? どうした、おっさん?」
「いや……、もっと近ければ、な」
「ああ、こっちの声が届かないんだ。俺たちも登るぞ」
「……スカートの中身を覗けたのに」
 ――ぱちこーん!
「ぶつことはないと思うのだが。せっかく使える呪文を忘れたらどうする」
「問題ないさ。確実に成功する呪文だけ、頭の中に残しておいてくれれば、な」
 やっぱり道化は嫌いだ。ハンラスは胸中につぶやいた。

 道化とハンラスは木登りを始めた。
 まだいくらも登らないうちに――

 うごごごごごごご・・・。

「おっさん! これってもしかして」
 次の瞬間、道化とハンラスのふたりは、手首と足首を木の枝に巻き付かれてしまい、体を大の字に固定されてしまった。
「なんだよ! 俺たち……」
 道化の言葉を、ハンラスが続ける。
「かっこわるー!!」
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2008.04.28 十話 大逃走

 一同は各々の全速力で走って逃走した。
あの木の化け物が敵なのかなんなのかは誰にも判っていない。
ただ、自らの生存本能に従って、一同は四散した。
そして。
「おーい、シルフィーナちゃあああーん」
「…うっせえよ、あんた」
はぐれたシルフィーナちゃん(ラクダ)を我が子を呼び求めるが如く探し求める商人、ハンラス。
そして、それを一刀のもとに両断する道化師と云う、先行き不安な二名と。
「なむ…はぐれてしまいましたか。走った速度と時間とを考えるにかなりおふた方とは離r」
「話が長い!それにしても、何であのおっさんはラクダ置いて逃げたわけ?」
ぶつぶつとはぐれたふたりの冥福を祈るような(不吉)僧侶、ムシャバ。
的確な突っ込みをしながら、シルフィーナちゃんの手綱を握る女盗賊、フィリダ。
そして、主の姿を追い求めるかのように落ち着きのないラクダ…シルフィーナちゃん。
「微妙な組み合わせよね…」
「というか、我々にはラクダの扱いなど判らないのです」
どうすべきか、と眉をひそめたフィリダがぽそりと呟いた。
「……いっそ、どうしようもなかった時の非常食、とか?」
「殺生はいけませんので、私は…」
気の乗らない、といった様子をあからさまに出したムシャバを、フィリダは冷やかな目で見た。
「それであなたが死んだとしても?」
皮肉たっぷりの声、厭味じみた言葉。
ただし、ムシャバは顔色一つ変えずにそれを受け流した。
「それで私が死んだとしても、です」
それが私の修行と云うものですから、とつらっと答えた僧侶の横顔を、フィリダは睨みつけてやった。
ウソ臭い。
人間生きていくのが一番大事で、死んでもいいなんてただの贅沢にしか、フィリダには思えなかった。

 「フィリダー、ムシャバのおっさーん!」
「シルフィーナちゃーーん!」
こちらは賢明にもお互い話すことを無駄だと知っているのだろう、はぐれた仲間を探すのに専念している。
はあ、と道化が息をついた。
「そうだおっさん、あの木のバケモンの正体分かるか?」
ふっと訊ねたその言葉に、ハンラスはつまらなさそうに返した。
「私が知るか」
「だよな」
元からあまり期待はしていなかった、と言いたげな反応の薄さで道化は返した。
ハンラスはその様子をおもしろくなさそうに見て、なんだ、と云った。
「私は知らないだろうと思ってたんなら最初から聞くなよ」
「世の中には万が一、ってことがあるだろ」
肩をすくめて振り返り、にたり、と笑ってみせる。
ハンラスは道化に気付かれないように顔をしかめた。
昔からハンラスは道化が嫌いだった。
ピエロと云ったりクラウンと云ったりするが、それが怖くて怖くて仕方なかったのだ。
今目の前にいる、自分よりもかなり年下の道化も化粧を施している。
その、人間とは異なる主張をしているそれが嫌いだ。
なんだか厭な思いが膨れ上がってきて、ハンラスは自分の相棒のラクダの名を大きく呼ばわった。

 ここは何だかよくない場所だ、とムシャバは思った。
この次から次へと訳の判らないことが起きる状況のせいかと思ったが、何かが違う。
苛立ちを増幅させ、不満を掻き立てる。
不安は刻一刻と増して、何にでもいいから当たり散らしたくなる。
先ほどから辺りの木にも気を配っているから余計に気力を消耗するのだ。
先程木の妖怪に襲われたことは皆覚えている。
あれは恐怖と云うよりも衝撃で、ショックのままに逃げ、そして分散してしまったのだ。
これはかなりよろしくない状況だ、とムシャバは思っていた。
心を平静に保つ修行をしている己でさえこれ程心掻き乱されるのだ。
何か悪しきものがいる。ある、と云うべきか。
はっきりとわからないのは分散しているからか、身の回り全てから発されているからか。
ムシャバは立ち止まって集中してみる。
ただ、フィリダに苛々した顔で変なものを見る目で見られただけだった。
変な気の出所はわからない。
まずははぐれた二人と落ち合うことだ、と思って、ムシャバは二人の気を探った。

 その「穴」を抜けると、今までとはまるで違った景色に変わっていた。
 町が整然と並ぶイシューにいたはずなのに、空気が違う。
「これが魔法の力なのか・・・」
 道化師があたりを見回しながら言った。
 一行は、緑の草の生い茂る大地に足を踏みおろしていた。
 そこには、見たことのないような花が咲いていたり、キノコが生えていたりする。
 花には美しい色の蝶が舞っている。
 蝶以外にも、耳を澄ますと甲高い鳥の声や、野生の生き物の声が響いてくる。
 そして周辺は、巨木が所狭しと生えている。根元にはコケがびっしりと群生し、枝には太い蔦が絡みついている。
「マイナスイオンね」
 フィリダが空気を胸いっぱい吸い込んだ。
 今までは港町独特の乾燥した空気だったが、急に湿度が増したようだ。肌に当たる空気がしっとりとして重く感じる。
「水の音が聞こえませんか」
 ムシャバの指差す方向を一同が見ると、太陽の光りもさえぎるような木々の向こうに、小さな池ができているのが見えた。
 そこに、石を伝って流れ落ちるわずかな水が、ちょろちょろと音を立てている。
「シルフィーナちゃん、お水だよー♪」 
 ハンラス14世がラクダを連れて、水辺に走っていった。
 水は透き通っていて、流れてくる水も、湧き水であろう事が想像できた。
 周りを緑のコケに囲まれていて、ゴミひとつない。
「キレイなところね」
 フィリダが、空気を胸いっぱいに吸い込みながら言った。
 
「・・・何か、忘れてませんか?」
 今までの喧騒を忘れて森林浴を楽しんでいる一行を、急に現実に引きずり戻したのは、ムシャバ。
 池の水を飲んだり、顔を洗ったりしている一行が、ふと手を止めてムシャバを注目した。
「ああ、忘れてるよな」
 道化師が、水辺から立ち上がって言った。
「俺たちをここに運んできたおっさん、だろ?」
「そうです、穴が消えると同時に、消えましたね」
 ムシャバが、一行が森の中に出てきた場所を指差した。
「確かに。あれは空間と空間をつなぐ、転移魔法。魔法の中でも、攻撃魔法とは違う技術が必要になってくる」
 ハンラスがシルフィーナちゃんに水を飲ませながら言った。
「あの魔法、短距離でも大変な魔力を必要とする。あれが使えれば、連中が持ってたコショウ。アレを運ぶのに労力はいらないし、商人もわざわざ歩いてくる必要がない」
「おっさんは使えねーのかい?」
 道化師が茶化すように言う。
「私が使えたら、わざわざシルフィーナちゃんと旅はしてないだろ。そもそも、変な連中に追い回される前に、その魔法を使って逃げてるに決まってる」
「ちぇ、確かに」
 道化師は、木の幹をコツコツ叩きながら、唾を吐くマネをした。役にたたねーなー。と聞こえるようにつぶやく。
 足元にあった小石を投げつけるハンラス、それをひょいっとかわす道化師。

「あのー、話が脱線してませんか?」
 道化師とハンラスがもみ合いの喧嘩をおっぱじめる一歩手前で、ムシャバが割って入った。
「まず、ここがどこなのかを探らなくてはなりません。そして、セイローの森へ行くことが目的だったはずではないですか」
 ムシャバが少々キレ気味に言った。全く、自分たちの置かれた立場ってものを考えてないんだから。
「じゃあ、ここがどこだか、わかるの?アンタ」
 フィリダが言った。
「それでしたら、これから調べようと思いますが」
 ムシャバが両手を合わせると、お経を唱え始めた。
「むーん。東に、港町。あ、これは、先ほどまで私たちのいた、イシューの町ですね」
「ってことは、俺たちは西に飛ばされたってことかい?」
 道化師が、またすぐ隣の木をコツコツしながら言った。

 ごおおおお・・・。
 地鳴りのような音。だが、気にするほどではない。

「おっさん、本屋で立ち読みしてたんじゃないの?」
「あー、そうそうそう」
 セイローの森は、イシューから西の方向にあったはずだ。
「どうせエロ本ばっか読んでて調べてないのね」
「そういうフィリダちゃんは知らないの?」
「知ってたら聞いたりしないわよ。道化、道化は?元宮廷にいたんじゃないの?」
「宮廷にいたからって、その森の事をいちいち把握してるわけじゃ、ねーしなっ」

 うごごごごごごご・・・。

 ものすごい地響き。まるで大地が叫んでいるかのような・・・。
「な、何?」
「うわっ」
 道化師のコツコツしていた木揺らいだ。
 木の葉はガサガサ揺れ、まるで生きているかのように枝がうねっている。
 
 そして
 急に大きな口を開けたのだ!
「こういう時は、アレしかないっ!」
 道化師の目配せに、仲間たちが気付く。いずれ劣らぬ変わり者の集団は、道化師の意図まではわからないものの、彼が何かしようとしていることを察した。
 道化師は突然空を指差し――
「あっ!! 何だアレはっ!!!」
 彼らを取り囲んだ連中が空を見上げる。
「くらえ、癇癪玉あっ!!」

 ――スパパパパン!

 火薬の臭いと共に、道化師たちの周囲に大量の煙が充満した。
「走れ!」
 使い古された目くらまし。しかし、取り囲む人数の多さはこちらにとって有利に働いた。簡単にパニックに陥ったのである。
「なんなのよもうっ!」
 道化師の合図とともに一斉に駆け出す一行。

 ――ひゅるるるるる……

 空から聞こえる、耳慣れない高い音。いや、どこかで聞いたような――
「な、なんかこっちに近付いてるぞ!?」
 早くも息を切らせつつ、ハンラス14世が不安げな声を漏らす。
「ちょちょちょっと、この音ってもしかして!?」
「伏せ――!」
 喚くフィリダを道化師が、走り続けるハンラス14世をムシャバが、それぞれ背中に飛びかかって覆い被さる。
 シルフィーナちゃんも膝を折り、地面に腹をつけて伏せている。

 ――ドーン!!

 背後の地面に、見事な花火が半月状に花を開く。
 さきほど自分たちを取り囲んだ、正体不明の一団のうち数人が吹き飛ばされている。
「たーまやー!」
 条件反射のように叫ぶ道化師。そこに――
「どわっち!!」
「……」
 降りかかる火花。ムシャバは法力でも使っているのか、彼に届く前に火花が消えている。彼の口からはお経と思しき言葉が漏れている。
「なんか、私の体の上でお経を聞かされると……自分が生者か幽霊か微妙に迷うんだけど――あちっ!」
「お疑いのようでしたので一寸お経を止めてみました。良かったですね、生きていて」
「貴様に法事を頼むことがあっても、お布施は絶対に用意せん!」
「ほほう。異教のハンラスどのが、私の紹介で我がドーブ教に宗旨替えをしてくださると? それだけでも私にとっては充分に得……いえ、徳を一つ積むことになるので有り難いです」
「この正直坊主め! あちっ! 宗旨替えは単なる物の譬えだ。もうわかったから、結界張ってくれ……」
 しかし、道化師の方は少なからず火花のシャワーを受けたようだ。全く火花の被害を受けなかったフィリダが、背の上に覆い被さる道化師に声をかける。
「ど、道化師あんた……」
「申し訳ない。結界は私とシルフィーナどのを包むのに精一杯で。なにしろシルフィーナどのには金目の荷物が――」
 落ち着いて解説を始めるムシャバを遮り、再び道化師が指示を出す。
「走るぞっ!!」

 ――ひゅるるる……

「またかよっ!!」
 今度は少し離れたところに“着弾”する花火。
「なあ、これって気のせいか――」
「あたしたちを逃がそうとしてるとしか思えないわね」
 果たして道化師たちの想像を裏付けるかのように、彼らの目の前に手招きする男が現れた。
「こちらです! ここに入れば、連中から逃げられます! あと10秒くらいで“道”が閉じてしまいます! 急いでっ!」
 男が叫んでいる。カーテン状の幕を手で開いているが、その向こうには森が見えている。魔法で、どこか遠隔地に繋がっているのだろう。
「どうする?」
 罠かも知れない。道化師の問いに含まれる言外のニュアンスを承知の上で、ハンラス14世が答えた。
「相談するまでもない! 私たちごときをあんな大勢で取り囲むような連中に掴まったら、7日以内に解毒どころじゃなくなってしまう!」
 決断した。
「世話になるぜ、知らないおっちゃん!!」
 道化師たちは、男に手招きされるまま、幕をくぐって走り抜けていった。
 最後に男が幕の中に入り、閉じると――そこは元の殺風景な辺境の街道に戻った。

「くそう、逃げられた」
「あわてるな、行き先はわかっている。ひとまずおかしらに報告だ」
 言い残し、十数人の男が走り去る。残る大勢はぴたりと動きを止めた。あの泥人形――オートマトンだったのだ。

 「で?」
薄ら笑いを浮かべたフィリダが云う。
「買い叩こうって云うの、このあたし達から?」
場所は卸問屋の奥まった部屋。
いかにも寄せ集めの、有象無象の彼女たちと対しているのは、百戦錬磨の主と番頭だ。
「買い叩くわけではございません、滅相もない」
本心を見せない、柔らかな笑み。
「それでは私の品物が悪いと云いたいのですか?」
ハンラス14世の反撃。
流石に商人、こうした応酬には慣れた様子だ。
「私はコウトンから遥々やってきたのです。なまなかなものを商うつもりはございません」
「しかし―――見れば貴殿たちは何やらお急ぎのようですが」
足元見られたか、と道化が舌打ちをしかけて、ムシャバに眼で制された。
「私どもとて、決して買い叩くなどそう云うつもりはございません」
ですが、と番頭が続けた。
「このご時世、あまりにもぬるい商売をしていては、立ちいかなくなるのでございます」
主がだめ押しで後を引き取った。
「ですから、先ほどのお値段でなければうちでは扱いかねます」

 「どうする?おっさんがいつも納めてる店はそんな遠いのか?」
商人はうーん、と唸った。
「遠いと云うよりは、ジクテン王国へ向かう方向と真逆なんだ」
「それはきついわね」
苛立った声でフィリダが云った。
余程腹にすえかねているのだろう。
結局ハンラスはあの店で半分の荷物を手放した。
本人は動くのに邪魔だからな、と笑ったが、痛手であることは誰の目にも明らかだった。
ただし金額的に、余裕はない。
ポーションを人数分、最低限の量を買うので精いっぱいだろう。
「かといって、そのあたりのお店では足元を見られますし」
ムシャバがため息をついた。
「確かに、結構ぐらついてきてるからな。商人としてはよく分かる」
資金難。
その言葉が彼らに重くのしかかる。
「なあ、そのポーションはそんなに高いのかよ?」
「他の一般的なものに比べれば、若干値が張ります」
ふむ、と道化が考え込む。
しばらく考え込んだのち、彼はぽつりと云った。
「大道芸で人集めたら稼げねえかなあ?」
他の三人は何を云っているんだ、と云った眼で道化を見た。
「…失礼ですが、あなたは一回でどれだけ稼げますか?」
「俺?普段か?大体一週間は何もしなくていいくらいかな、多分」
つらっと道化が云った。
ハンラスが微妙に仰け反り、フィリダが胡散臭そうな眼で睨み、ムシャバは絶句した。
「…なんだよ」
足んねえか?と道化は眉を寄せた。
ハンラス14世がいやいや、と云った。
「結構腕がいいんだな、普通毎日毎日何回もやってかつかつだろうに」
「ああ、一応―――なんだっけ、『御用達』?だし」
そういうと人集まるぜ、と道化が笑う。
「大道芸は大体何でもできるからさ、他のやつらより一回が長くやってるし」
フィリダが強めに道化の腕をたたいた。
「あんた、そう云うのは最初に言いなさいよね」
道化がおお怖、とおどけてみせたのを見て、一行はくすくすと笑った。
 
 「楽勝」
稼ぎを袋に詰めたものを余裕で持ち帰ってきながら、道化が云った。
「ほら、早くこの国出ようぜ、早く準備して」
「何故です?」
「うん、俺宮廷から追われてるし」
俺の場合、稼ぐためにはどうしたって目立つだろ?だから早く移動しねえと。
道化が云うまでもなく、一行は必要な物をすべて買い付けてラクダにくくりつけ、素早く移動を開始した。
―――はずだったのだが。
「何で国境のこの辺りで足止め食うのよ」
国境は治安が悪い。世の常である。
ただし、こうも大勢の人間に囲まれることは、おそらくそうそうない。
「服装もきちんとしておりますし、食い詰めた者ではないようですね」
ムシャバが落ち着いた声で云った。
「ギルドでも見たことない顔よ」
フィリダが油断なく構える。
「私の商売敵でもない」
そんなのはいないからな、とハンラス14世が嘯いた。
「待て、俺を追ってるのは王国海軍だからこんな変な奴らじゃない」
道化が慌てたように弁明して―――人の輪がじり、と狭まった。
「誰かこの者たちに心当たりのある方は?」
ムシャバの言葉に応じる者は一人もいない。
ああ、とムシャバが溜息をついた。
「面倒なことになりましたね」

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