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 口笛を吹きながら余裕の表情で鉄扇を扇ぐ、謎の道化師、肩をすくめるフィリダ。
 古い建物がひしめき合う狭い路地に、闇の商人たちの気配がざわめきあう。
「それにしても、奴ら一体何者なんだろ?」
 フィリダは前方に注意を向けつつ、横目で謎の道化師を見やった。
「胡椒。ね。その辺に訳がありそうな気も・・・」
 道化師の答えを聞く前に、フィリダは先に自分でつぶやいた。つぶやきつつ、何か、邪悪な気配を感じて口を閉ざす。
 道化師も、余裕で仰いでいた鉄扇をふと、とめて、気の方向に注意を向ける。
 何かが一点に集中していくような緊張感。
 そして、民家のひしめき合う中に、空間の歪みが生じる!
「何よ!あれっ」
 フィリダは、見たこともない怪現象に、思わず声を上げた。
「あ、あれは・・・」
 道化師もさすがに、余裕たっぷりではいられなくなったらしく、身構えている。
「ヤバイぜ、あれ!」
 空間はますます激しくうごめき、閃光をともなって揺れ動いている。
「何よっ!何よあれ!」
 やがて、空間からは二階建ての民家ほどもある、何かが現れると、歪みは一瞬にしてやんだ。
 空間から現れたそいつは、筋肉隆々で茶色の肌、頭部は牛、大きな角があり、牛の尻尾が生えている。両手には、大きなアックス。
「お、思い出したぜ・・・あれは、確か、「召喚」ってヤツだ」
「お、思い出してる場合じゃないでしょ!あんなのにやられたらひとたまりもないわよ!私、帰る!」
 フィリダは、さっと背を向けて牛の化け物、ミノタウロスのいない方向に向かおうとした。
「おっと」
 しかし、行く手を阻むように出てきたのは、柄の悪い、闇の商人たち。
 ゴーン!
 轟音と同時に地響きがする!
 ミノタウロスの振り下ろした巨大なアックスが、民家を粉々に吹き飛ばしたのだ。
 オオオーーー!!!
 ミノタウロスが斧を振りかざして、天に向かって声を上げている。その声は、地面を震わせ、二人の体の芯まで響き渡るような不気味な音だった。
 町の人々は、何事かと集まってきたが、牛の化け物を見ると、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。無力な人間には何も通用しないような、そんな威圧感さえ感じられる。
 フィリダや道化師の横を町人が必死に走り、逃げていく。
「こいつらを」
 フィリダは言いながら、闇の商人を一撃で沈めた。
「片付けてる場合じゃなさそうね」
 イヤだね、こういう悪趣味なのは。道化師も言いながら、行く手を阻む輩をなぎ倒す。

「おおっと。乱暴はよくないよ、お譲ちゃん」
 逃げ惑う人々がいなくなって、ぽっつりそこに残っていたのは、いかにも旅の商人らしい、砂色のローブをまとった中年の男だ。手には手綱を引き、その先には荷物をたくさん積んだラクダを連れている。
 あ、あれを見なさい、あれを!乱暴がどうのって言ってる場合じゃないでしょう!と言いかけたフィリダは、ミノタウロスの家を破壊する轟音に、耳をふさいだ。
「おい、早く離れようぜ」
 道化師は身軽に路地を走っていく。
「いいのかね、あれをあのまま放って置けば、この辺りはみんな更地になっちゃうよ」
「おっさん!んなこと言ってると、あれに踏まれてぺしゃんこになっちまうぜっ」
「そうそう!私たちは関係ないもーん!」
 ミノタウロスは、明らかに家を破壊しながら、こちらに向かってきているようだ。
「無関係な人々があれに殺されても、知った事ではない、と、そう言いたい訳かね」
 商人は目深にかぶったフードをまくりあげた。
 オールバックにした黒髪、彫りの深い顔、豊かな口髭。そして二人を射抜くような強い眼光。
「・・・あれは、何者かが召喚した化け物だ」
 彼は、二人に向かって静かに言った。
「という事は、召喚した本人を倒せばよろしい」
「なるほど、ね」
 道化師は不敵に笑みを浮かべている。
「またまた、おもしろい事を考え付いてくれるぜ」
「あの、牛、なんとかしないと、あそこにはいけないし、近づいてくるし!」
 二人はほぼ同時にまくしたてた。
「よろしい。私が、あの牛の動きを封じれば、君達が後はなんとかするのだな」
 言うが早いが、商人は、ローブに隠れたロッドを頭上に掲げた。
 そして、何を言っているのかわからない、呪文を唱える。
 気が、一点に凝縮されていくのを、二人は感じた。この感じは、ミノタウロスがどこかから現れた時とよく似ている。
 やがてロッドを掲げた男の周囲を青い光りが覆い、ロッドを振り、指し示した方向に青い光りが伸びていった。
 ミノタウロスの動きが一瞬止まった。
 かと思うと、氷の粒がミノタウロスを覆っていく!
 太陽の光りに反射して、その粒はキラキラと輝いている。
「この魔法にはあれを倒すだけの力はない。今のうちに早く奴らを片付けるのだ」
 うん、イマイチな決まり具合だな。早くしないと氷が解けちゃうかも・・・。
 男はつぶやいた。
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 狭い路地を少女が歩いている。今にもスキップしそうなほど軽やかな足取りで。
 短めに切りそろえた明るい茶色の髪と、同じ色の瞳を持つ少女だ。彼女は短いスカートを穿き、白く細長い脚線を惜しげもなく晒している。
 他国の中には女性が素肌を見せるファッションに関して宗教的な制約のある国もあるが、この国――シナリー王国ではタブー視されていない。
「うふふ。今日は大漁だったわあ」
 少女は余程嬉しいことがあったのか、目尻を下げて鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気だった。
「!」
 少女の足が止まった。彼女の行く手にひとりの男が立ちふさがったのだ。
「よう、フィリダ。随分と羽振りがよさそうじゃねえか」
 もう何日も着替えていなさそうな、あちこち擦り切れてぼろぼろになった皮製の衣装を着ている、大柄な男だ。禿頭のせいか今ひとつ年齢が想像しづらいが、青年期の体力を維持した中年といったところか。剣を携行してはいないが、男の体格と物腰は傭兵くずれを連想させる。そういう目で観察すれば、男が身に纏う衣装は、元は革鎧だったのかも知れない。
 名を呼ばれた少女――フィリダの下がっていた目尻が吊り上がる。彼女の茶色の瞳には、爪と牙を隠した猫族を思わせる剣呑な眼光が宿った。射るような視線は、それだけで相手を突き刺しかねないほどに鋭い。
「何の用だか知らないが、生憎こっちにゃ用がないんだよ――邪魔だよ、どきな」
 先ほどまでと同じ少女の声とは思えない。フィリダは、場数を踏んだ者にしか出せないドスの利いた声で応じた。
「おお、怖いねえ。……まあ、話だけでも聞いてくれや。今日は商売の話を持ってきたんだぜ」
 男はフィリダの反応を気にせず、にやりと笑いながら懐から小さな包みを取り出した。
「いつから商人になったのさ。あたしは素人と商談するほど暇じゃないんだ、いいからとっととどきやがれ!」
 フィリダにはとりつく島もない。男はひとつ嘆息し、体を横にして道をあけた。
 無言で通り過ぎようとしたフィリダは――、男に腕を掴まれてしまった。
「ふうん? あたしが一晩幾らするか知ってるの?」
 腕を掴まれたフィリダは、特に抵抗しなかった。むしろ妖艶な笑みを浮かべ、柔らかい口調で男に話しかけた。
「それより、あんたごときがあたしに手を出したこと、ギルドのお頭が知ったらどうなるかしらねえ――ま、ばれないわけがないけど」
「す、すまねえ。はずみで腕を掴んじまった」
 少女が言葉を荒げていた間は平然としていたはずの男が、何故か滑稽なほど狼狽している。彼はあわてて少女の腕を離し、一歩退がった。
「ブツはこれだ。正真正銘ジクテン王国の――いや、何でもねえ。……頭領様に見ていただいてからで構わねえ。金額の交渉はその後だ」
 男は手に持っていた包みをフィリダに手渡した。
「そいつはサンプルだ。今すぐならその十倍。一週間くれれば百倍の量を用意できるぜ。明日のこの時間、またここに来る」
 男は一方的に言い残し、早足で立ち去ってしまった。
「……」
 フィリダは男が手渡した包みを、汚い物でもさわるように指先で摘み、立ち去る男に一瞥をくれた。しかし声をかけようとはせず、すぐに踵を返し路地の奥へと歩き始めた。

 しかし、彼女はまたしても足を止めるはめになった。
「待ちな、ねえちゃん!」
 先ほどの男とは別の声。背後に複数の足音。
「包みを返してもらおうか」
 嘆息しつつ振り返ったフィリダの目に、左右から男たちの剣に刺し貫かれている傭兵崩れの姿が映った。
 傭兵崩れを刺した男たちが二人、声をかけた男が一人。そして、フィリダが振り向いた瞬間に左右と背後に三人の男が回り込んだ。合計六人の男たちだ。
 いずれも一般的な商人風の格好をしており、傭兵崩れよりスリムな体型だ。しかし、適度に気配を消し、驚くほど素早く動く。恐らく忍びを生業とする男たちに違いない。
「あら。ヤバそうなブツなのね。返すわよ」
 言うなり、フィリダは包みを真上に投げ上げた。
「な――!」
 フィリダは右の男の鳩尾に右肘を、背後の男の顎に左足の踵を同時に叩き込んだ。
 左の男がフィリダの頭を掴もうと手を伸ばす。
 しかし、フィリダはごくわずかに身体を回転させた。
 男は彼女の頭を掴みそこねて身体を泳がせる。
 そこに、真後ろに振り上げていた彼女の左足が――爪先が男の首筋にきれいに入った。
 しかし――。
「お見事。しかしそこまでだ」
 いつの間にか、最初に声をかけた男が彼女の背後にいた。
「くっ! 離せ、この――」
 フィリダは後ろ手にねじり上げられ、正面には先ほど傭兵崩れを斬った男たち二人がゆっくりと近付いてきた。
 そう言えば、投げ上げた包みが落ちてこない。
「ぐあ!」
 突然身体が自由になった。
 フィリダは背後の状況を確かめるよりも先に、正面右側の男の首筋に手刀を打ち込んだ。
 左側の男が反応し、剣を振り上げる。
 しかし、その腹を何者かに蹴り飛ばされ、身体をくの字に曲げた状態でふっ飛ばされた。非常に重い蹴りだ。
「誰よあんた――道化師!?」
 フィリダは新たな男の登場に警戒しているが、一応助けてくれた相手だと認識しているのか身構えてはいない。
「見ての通りさ」
 白い化粧と黒い唇が印象的だが、見慣れたクラウンとは違う。化粧をしていても端正な顔立ちであることが見てとれる。右手に扇子、左手には――フィリダが投げ上げたはずの包みを持っている。
「あ、それ……」
「どうするよ? あんたの商売相手、殺られちまったぜ」
「知らないわよ。中身が何かも知らないし」
 フィリダの疑問に、道化師はあっさりと答える。
「おおかた、胡椒だろ。保存の利かなさそうな包みだぜ……。匂いが漏れてるじゃねえか」
「胡椒? あいつ、たしかジクテン王国とか言ってた」
「密輸だな。ジクテン王国はダーイエ帝国の植民地――」
 ダーイエ帝国といえば、香辛料の利権争いで周辺の国々を叩きのめしてきた悪名高い大帝国だ。
「あー、いらないいらない! 一旦お頭に見せてからと思ったんだけど、やめとく」
 盗賊風情が国同士の喧嘩に巻き込まれるのは御免である。
「あんたそれ持って帰って!」
「そう簡単には帰してもらえそうにないぜ……」
 どうやら路地は、先ほど闘った六人の“商人”たちと同じ臭いのする男たちに取り囲まれているようだった。ちらりと姿を確認できるだけでも先ほどの倍は人数がいそうだ。
「あちゃー。マジでヤバいわね、この状況。ところで、あんた何者?」
「言っただろ、見ての通りだって。あんたといると、退屈しなくて済みそうだぜ」
 その白き横顔に焦りの色はなく、むしろうっすらと微笑んでいるようにさえ見えた。
七つの海を渡るなら、夢は置いてゆくがいい。

独りで世界を渡るなら、夢を忘れず行くがいい。

高みを目指し、足掻くは若人、

時代はうねる、狂気にも似た―――

人々の思いによって。


 海も山もある、そして肥沃な土地を持ち豊かだが、軍事力に欠ける王国。
それがこの国の評価だった。
動乱の、戦の絶えぬこの時代には、それは致命的だ。
しかしそんなことはまだ、その国に暮らす人々には関係がない。
と云うより、そんなことを知っているのは一握りのものだけだった。
王族の者ですら腐敗しきっていて知らぬようだ。
人々は、変わらぬ暮らしが続くと疑いもせずに、暮らしていた。

 海辺の街の、白い街並み。
潮風が吹き抜ける。港に停泊する船たちが波で揺れる。
朝早くから市が開かれている広場では、大道芸人たちがそれぞれの芸を披露している。
歌うもの、ナイフを操るもの、火を噴くもの、水を使うもの、沢山の芸人たちがいる。
 その中に、その道化師はいた。
藍色の袖のない上着に、白い麻のズボンと同じくゆったりとしたシャツを下に着ている。
そう、チャイナ服とでも云うのだろうか。
長い黒髪を項のあたりで蒼い玉の髪紐で纏めている。
 不敬にも、その上に青い王冠をのせていた。
安物の生地とくすんだ金属。それでも不敬にはあたるはずだった。
この国の第一皇子が青い王冠を被る予定であることが、民衆の間には広まっていたからだ。
ただし道化はそんなことに構いはしない。
道化師の道化師たる所以である。
 道化は狐の仮面をかぶって、これまた青い玉の張られた美しい扇子を使い舞っていた。
扇子は王冠とは違い、一道化師のものにしては随分と高級すぎるものに見受けられた。
そしてその体つきからは、性別は分からない。
軽業を危なげなく披露しては、ゆるりと艶かしいまでの動きで観客を挑発する。
見物人はどんどんと増えて、ちょっとした騒ぎだった。

 楽団の奏でる音楽が一際高くなって、その道化は仮面を外して宙高く放り投げた。
現われたのは、奇妙な化粧を施している、端正な顔。
眼尻に紅を、唇には黒をのせ、それ以外には白を塗っていた。
見慣れたクラウンとは明らかに違う化粧に、見物人の多くは新しい仮面だと思ったようだった。
確かに、そう思うのも半ば当然でもある。
切れ長の瞳が、他の芸人たちのそれよりも多い見物客を舐めるように見回す。
 黒い唇が弧を描いて、サテ大技をお披露目いたすがと云いかけた時。
野太く無粋な声が響いた。
「道化師!」
白いかっちりとした制服の集団。
王国海軍だった。
道化師はつまらなさそうな顔をして舞をやめた。
けだるそうにゆっくりと屈強な男たちと対峙する。
「他に仕事はないのかい、少佐」

 その黒髪は若い道化師の後に付いて弧を描いた。
先ほどまでと同じ、ゆったりと舞っている、ような。
ただしその周りには放射線状に制服を着た人間が無残に転がっていた。
右に扇子を(どうやら鉄扇であったらしい)、左に左脚を、とアクロバティックに兵をなぎ倒す。
最後の一人を余裕で遠くへ蹴り飛ばし、道化師は息一つ乱さずに一人の男に声をかけた。
「ただの道化に敵わぬとは」
王国海軍も堕ちたものだね。
 云われて複雑に笑んだのは最初に声をかけたのと同じ男である。
くすんだような茶髪をオールバックにしている。制服の肩と胸には勲章が光っていた。
つまらない、と今にも云いそうな口ぶりで道化師はだめ押しした。
「そうは思わないか、少佐」
その道化師は妖艶に微笑んだ。
それにしてもハスキーな、よく通る声だ。
男のはずなのに、異様なまでに色がある。
 「僕のような道化師一人位、簡単に召し捕れるはずだろう?」
道化師はしゃがみ込んで足元の下仕官一人の顔を上げさせた。
扇子を下仕官の顎に当てている。
腹を道化師に蹴り飛ばされた下仕官はかたかたと震えて怯えた表情を浮かべていた。
よく見ればまだまだ若い。道化師と同じか、それ以上に若いのだろう。
道化師は白々しくもああ可哀想に、と言ってから黒く塗られた唇を吊り上げて笑った。
「やめろ」
少佐が流石に顔を引き攣らせて云った。
道化師はそれをちらりと横目で見てから艶笑を浮かべた。
くすくすと笑う。
「僕は無抵抗の弱い人を殺すほど血に飢えちゃいない」
それにこの人はまだ若いしね?
結構可愛い顔してるじゃないか、いじめられたらあいつに泣きつけよ、と少佐を指して道化は云う。
「そんな莫迦なことを云ってないで、本当に戻る気はないのか」
少佐はそう云ってこめかみを押さえた。
どうやら頭痛がするようだ。
「ないね」
道化は即答する。
上げさせていた顔を静かに地面に降ろしてやってから続けた。
「宮廷道化師もさ、おもしろくはあったんだけど」
もう飽きた、とにこやかに道化が云う。
 少佐がはあ、とため息をついたと同時に、王国軍のラッパが響いた。
「援軍か」
道化師がそう云って立ち上がる。
じゃあな、と少佐に扇子をひと振りして見せて、商家の屋根に飛び上った。
あとに残された少佐は、またしても幼馴染に逃亡された理由を頭の中で練るほかなかった。

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