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 「私は目が見えないんです。」
 申し訳なさそうに、彼女はいう。
 小さな部屋にベッドが一つ。窓から吹き込む風は一輪の花を揺らす。
 柔らかく風の吹く、春のように暖かい日だった。
 青く晴れた今日の空も、彼女に光を届けない。
 「あぁでも不便ではないんですよ。ここで暮らすのに必要なことは判りますから。ほら、貴方のことだってはじめから気がついていたでしょう?」
 確かにコチラから声をかけたわけではない。彼女が勝手に話し始めただけだ。
 でも、たとえ必要なことが判っても、充分なことは知ることができないわけだ。
 「私には臭いもよく判りません。」
 彼女は言葉を続けていく。
 「ココには消毒用のアルコールと薬品がたくさんあるから。ずっとその臭いが離れない。すぐソコにある花の香りもよく判らないでしょう?」
 おかしいでしょう?と口だけで笑う。
 「初めは、誰かが持ってくる花や果実の香りが楽しみで、…でも私はあんまり長くココにいすぎてしまったんでしょうね。最後にそれをもらったのはいつだったかな?しばらくしたら無くなっちゃいました。それでかな?もうソコにある花の臭いも判らないの。」
 それでも彼女は悲しみを表さない。
 きっとそれが彼女の日常なのだ。
 「それから、私は味覚もありません。」
 誰かに聞いてもらえるだけでいいようで、彼女は淡々と話を進める。
 「味覚の半分は目なんですってね。見て味を判断するんだって。でも、私はその半分を持っていませんし、さらに残った半分のウチのいくらかは臭いなんでしょう。そうすると私の味覚は後どれくらい残ってるんでしょうね?」
 それはきっとそれだけが理由ではない。彼女の左手から伸びるチューブは栄養を口から摂取しないためのものだ。
 使わない機能は退化する。それは生物が与えられた、進化という可能性の産んだ障害だ。
 「手の感覚もあまりありません。何もこの手に出来ないのなら、きっと私には触覚も無いのでしょうね。」
 それでも、熱や湿度は感じているはずだ。天気天候を感じ取ることくらいは出来るだろう。
 それが彼女にとって意味のあることかどうかは別として。
 「お恥ずかしながら、足は全く動きません。私は暫くココから出てないんですね。」
 自分に言い聞かせるように、最後に外に出た記憶を噛み締めるように。
 なるほど、コレは他人に聞いてもらう話ではなく、現状を突きつけ、自分を戒め、無理やりにでも納得させる行為なのかもしれない。
 今ある記憶だけは失わないように。
 たとえ目が見えなくても、歩けたのならどこかへ行けただろう。
 どこかへ行けたのなら、彼女の嗅覚と触覚は失いはしなかった。
 たとえ食べることはできなくても、嗅覚と触覚が残っていれば、味覚を失うこともなかったかもしれない。
 そして、一箇所に留まることさへ避けられたのなら、五感を複合的に感じ取り判断する第六感や、五感とは違う新たな第六感をもてていたかもしれない。

1


 ヒトは強い。
 たとえ機能の一つを失っても、生きていくだけなら問題は無い。
 障害を持ってしまえば死にゆくだけの動物とは違う。
 それは人間社会が作り出した強いツールだ。
 だが、もし障害を併発してしまったら。
 彼女の場合、社会は彼女を生かすために閉じ込めた。
 生かすための強いツールは、結果として彼女の五感のほとんどを奪ってしまった。

 「それでも耳だけは自信があるんです。」
 最後の砦。すがりついて最後の最後に残ったもの。
 「私は目が見えません。臭いも味も、いろんなものがわからない私でも、耳だけは自信があるんです。」
 それだけが、彼女が生きる意味であるかのように。
 「他の何も判らないから、音を聞くだけでいろんなことが判るようになったんですよ。相手の呼吸を聞けば体格と性格が判ります。足音を聞けば服装だってわかります。ほんの小さな物音でも、何処で何が落ちたのか判ります。」
 まるで初めて褒められたことを他人に自慢する子供のように、饒舌に話し始める。
 「音色って本当に面白いんです。音には表情があるんですね。」
 本当に何でも判るとは思えない。
 確かに耳はいいだろう。どんなにに小さな音でも、どんなに高い音でも、どんなに低い音でも、彼女は聞き取ってしまうかもしれない。
 でも、聞き取っただけでは普通それが何かを理解できるものではない。
 感覚とは、情報を集めるだけだ。集めた情報は最終的に脳が処理して判断する。
 彼女がどんなに音を聞き分けても、それが何の音なのかを彼女の脳が知っていなければ、判断し理解することなんて有り得ないのだ。
 そのデータベースを脳に作れていなければ、人は物事を判断できない。
 そしてそのデータベースを作るのに必要な感覚を、今の彼女は持っていない。
 ヒトは脳で見て、脳で聞く。
 たとえそうだったとしても、その耳だけは彼女の自慢だ。

 突然、彼女の身が強張った。
 今まで自分の不幸を笑っていた彼女が、急に何かを恐れ始めた。
 どうしたものかと不思議に思っていると、ポツリと一言囁く。
 「あの音は怖いです。」
 あの音とはなんだろう?
 「聞こえませんか?」
 そういわれても何も聞こえてこない。彼女の耳には聞こえるのだろうか?
 「あの音だけは怖いんです。アレは何かがわからない。他のことなら何でも判るのに、あの音だけはわからない。」
 それから少しして音が止んだのか、彼女の緊張がほぐれていくのがわかった。
 「なんなんでしょう?最近になって聞こえ始めたんです。まるで、生命を消してしまうような音…誰かがどこかで消えていく。」
 緊張がほぐれても、体はまだその感情をどうすればいいのか迷っているみたいだ。
 自分の不幸を笑う彼女は、どうして他人の不幸を嘆くのか?
 他人の不幸を案じて、こんなにも脆くなってしまうのか?
 なら誰が、彼女の不幸を嘆いてやればいい?
 誰が彼女を安心させてやれるのか?
 そんなことをふと思った。
 そして、その答えは簡単だった。
 この身が彼女の不幸を嘆けばいい。
 そのためにココに来たのだろうか。
 ずっと判らなかったことの答えが、今この瞬間に目の前に現れた気がした。
 そう。ずっと探していたんだ。
 この身がなんであるかということ。
 そうして今、見つかった。
 彼女の不安を取り除くことが出来るのなら、何でもしよう。
 それがこの身が在る理由に違いない。
 その「音」だ。その「音」を止めればいい。

 「ゴメンなさい。もう大丈夫ですから。…なんか私のことばかり話してしまって。そうだ貴方の お名前を教えてください。名前はもうあるのですか?ネコさん?にしては大きい体なんですね。私なんかよりずっと…」
 窓から吹き込む風は一輪の花を揺らす。
 「…あれ?何処へ行っちゃったんですか?もうお別れなんですね。また来てくださいね。ネコさん。」

 目が見えない彼女だが、確かに全てが見えていた。
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 漆黒の闇の中。如何なる光も届くことのない深淵。
 魑魅魍魎の跋扈する、現世とは遠く離れた闇の世界で、悲哀に満ちた表情を浮かべ、何者にも遮ることのできない力を湛える、その者は妖魔。
 その姿は、透き通るような白い肌、燃えるような赤い髪、見たものを凍りつかせるほどの青い瞳。  
 闇に墜ちて以来、いつしか自分の名も忘れ、かつては何者だったのかも思い出せない。ただ、あるのは、永遠の美しさを手に入れたい、という欲求のみ。
 彼女は、その欲求ゆえに、深い深い眠りから覚めたのだ。
「私に必要なのは、時。永遠とも呼ばれる時」
 何も照らす物のない暗い闇の中、光るのは彼女の純白の肌。なびくのはまるで炎のようにはぜる長い髪。
 彼女の手が真っ直ぐ上に向かって伸びた。同時に、光が一直線に頭上に昇っていく。
 その光の先に見えるのは月。やがて、光は空を伝って地面にゆっくりと降りていき、消滅した。
 深淵の闇から、その力によって現世と空間を繋げたのだ。
 月明かりに照らされたそこは荒涼として何もない場所だった。空気は冷たく、虫の声一つ聞こえない。遠くには枯れ木が数本立っている。
 その場所に彼女は足をつくことなく空間に漂い、月の光に照らされて、純白の肌がますます妖艶に輝いて見えた。
「フフフ・・・」
 鈴のような彼女の笑い声と同時に、無数の闇に巣食う魑魅魍魎達が、おぞましくうごめく。まるで、彼女を守るかのように無数に溢れ出してくる。
「時。世界中の時を私のものにする為の、アイテムがここに眠ってる」
 赤い唇が僅かに動くと、彼女の近くの地面に魔法陣が描き出され、地響きと共に地中から何かが現れる。
 それは、土に埋もれて汚れた、大きな鐘だった。
 
 鐘の記憶は告げる。
 かつて、この鐘をついた魔女がいた。
 この鐘をつける人間は、時間を止めることができるかわりに、その命を失う。 
しかし、魔女はさまざまな力を自在に操り、人間とは思えない力を使い、欲しいものを思うがままにしてきた。その力は、まるで地獄の底から来るようだ。
 やがて魔女は、力を使いすぎた為か、徐々に理性を失い、ただ、永遠の美しさを求めるだけの恐ろしい魔物になってしまった。
 とある勇者達によって地獄の闇に突き落とされたが、力を完全に失ったわけではない。いつの日かよみがえる時が来る。

 魔女が力を使うと、土で汚れていた鐘が造られたばかりの鐘のようになった。
「この鐘の力を今度こそ、私のものにしてみせる」
 そこにいたはずの魔女が消え、刹那、鐘の上に姿を現した。
 鐘は言う。
『永い眠りから覚めたと思えば、私を使うのはいつぞやの魔女か』
「永遠の時を我が物にする為」
『私の力を使う者は、魂を私に食い尽くされるのだ、地獄の魔女よ』
「フフフ・・・」
 彼女の透き通るような指先は、空中に何かのスペルを描き出した。スペルは風に流されるかのように次々と指先から新たに描き出される。
 そして、スペルの帯は、空中に巨大な魔法陣を描き出し、時の鐘全体を覆い尽くした。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・。
 世界の時を止める鐘が鳴り響いた。その音はその場にいない者にも聞き取ることができた。が、やがて全ての時が止まり、誰にも聞こえることのない音となる。
 新緑の森をなでる風や、煌煌と光をたたえる湖や、人々の影を創る太陽までもが、時を奪われ、一切の動きを止めてしまった。
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