上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
「…腐る、だと?」
文字通りの意味でか、と向かいに座った親方が眉を顰める。
親方の奥さんがやっている店の奥の部屋で、あたしは親方と向かい合っていた。
奥さんのセンスはいい。
ごみごみとした活気溢れる通りにあっても違和感がなく、それでいて品が良い。
しかも居心地がよくて、多分単純に客としてでもあたしは入り浸るだろう。
「そう。粉がスライムになってって」
あたしが肯定すると、眉間の皺は一層深くなった。
豊かな黒髪をがしがしと指を差し入れてかき回し、親方はううん聞いたことねえな、と唸った。
「そんなに変わった攻撃で、なおかつ白マントなんて目立つもん着てたんだろ?」
噂のひとつも入ってきてないなんてのは妙だな、と考え込んでいる。
やはり不穏な時期だからか、最近の親方は情報に敏感になっているように感じる。
「警戒は要るだろうな」
情報を誰かから貰って来れないか、と親方が云った。
「伝手を頼ってみてくれ」
ミャオたちの方から攻めてみるか、はたまた別口からか。
兎にも角にも、あたしはやってみます、と答えて立ちあがった。


あたしはとりあえず、旧知の情報屋に繋ぎを取った。
彼らは双子で、あたしと会うのはどちらかと云うと妹のスンのことの方が多い。
しかしあの兄妹は瓜二つだから、声の微妙な差を聞きわけないと見分けがつかない。
その日路地裏からひょいと出てきたのは民族調の柔らかい緑色の服を身に纏った、
「……スン?」
「当たり」
そう云いながらスンが小首を傾げた。
多分その仕草は久しぶり、と云う意味を兼ねているのだ。
同年代のスンの話し方は片言染みているが好ましいものだな、とあたしは常々思っている。
それは多分スンが可愛いからだ。
可愛い女の子であることは得だ。何をやっても大概のことは許される。
ただ勿論、生きやすいか否かは別として。
綺麗に梳られた肩までの髪がさらりと揺れて、耳飾りの赤い木の実と茶色の羽根が一瞬覗いた。
こんな渡世なのに、女らしさを失わないスンがあたしはちょっとうらやましい。
あたしはまだ子供っぽいし、多分スンと同い年になってもそんなに女らしさを身に付けられないと思う。
でもスンはもうすでに、美しく強かな女の匂いがする。
そんなに歳は変わらないはずなのに、どうしてこんなに違うんだろう、とちょっと思う。
そんな風に考えていると、スンがふっと笑った。
「情報」
欲しいのよね、と言いたげにスンが上目づかいに瞳を動かした。
その瞳にくだらないことを考えているのを見透かされた気がして、うん、とあたしは頷いた。
スンみたいにあんまりしゃべらない人は、その分目の力が強いから怖い。
どこまで読んでいるのか判らないから、駆け引きの相手にはよくないな、とあたしは思う。
近くの人が多い店を適当に選んで入り、粗末な椅子に座ってからあたしは話を始めた。
「白いマントの男なんだけどね」
「白マントの、男」
ふむ、と考え込むようにスンが口に手をやった。
スンはこんな稼業をしているのがもったいないくらいに記憶力が優れている。
スン考え込んでいるのは、その頭の中の膨大な情報を探っている時だ。
こういうときにスンの邪魔するのは得策ではないから、あたしはずっと黙っていた。
「腐る、粉の…ひと?」
暫く考え込んでいたスンが言葉を選んでいるみたいなたどたどしさで云った。
あたしはいきなり大当たりが出たのが嬉しくて、思わず大きな声を上げた。
「そう!その人!」
スンが嬉しそうににこにこと顔を綻ばせた。
あたしはつくづく、スンを見ていると大事なのは言葉じゃないね、と思う。
「当たり?」
クイズじゃないけど、そう、大当たり!とスンの両手を包むように握る。
ひんやりとしたスンの手は決して傷がないわけじゃないけど、普通の子の手よりは綺麗だった。
それはきっと、と云うかまず間違いなく、兄のヒムがスンを大事にしているからだ。
「親方のとこに一緒に来て、話してくれる?」
「ヒムに、云う、相談」
ね、とスンが首を傾げて見せた。
「いいよ、ヒムは今どこにいる?」
あたしがそう答えると、時計を見たスンがすぐ、すぐ、と云って手を忙しなく動かした。
「ここ。ここ、来る」
え、この店はあたしが適当に選んだんだけど、とあたしは思ったが、スンはただにこにこと笑っている。
やっぱり、スンと駆け引きはできない。


暫くして、スンの云う通りにヒムがやって来た。
ヒムはスンの服よりも青みがかった服を着ていた。
正直なところ、区別しやすくて色を変えるのはとてもいいとあたしは思う。
「久しぶりだな、フィリダ」
ヒムはあたしたちと変わらずにこちらの言葉を流暢に操る。
ただそれはスンみたいに天賦の才じゃなくて、努力の賜物なのだろうとあたしは睨んでいた。
「ああ、久しぶりだね」
あたしが挨拶を済ませてスンに眼で合図すると、スンたちの言葉で双子が話し始めた。
彼らの言葉は全くわからないから説明が終わるのをただ待っていた。
手持無沙汰だ、と賑わう店内に視線を泳がせると、
「あ」
見覚えのある顔が、ラクダを店の前に止めて店内に入って来たところだった。

スポンサーサイト
2008.12.20
 あたしは、そいつらの頭上、高い塀の上に飛び乗った。
 もちろん、奴らには気づかれないように、ね。
 あたしだって、盗賊だ、ギルドの中でも身軽なほうだ。
 奴ら、小さな布袋を持っている。そして、手には札束。
 やっぱりね、思った通りだ。奴ら胡椒の密売してる。
 それにしても、一体どこのどいつがこんなことしてるんだろう?シナリー一帯を取り仕切っているのはうちのギルドだっていうのに。
 あたしは、奴らの脳天からかかと落としを入れてやろうと身構えたけど、ふと前の事件が脳裏をよぎった。
 あの胡椒のせいで、エライ目に会わされたんだった。
 
 ある日、あたしは、胡椒を密輸しようとしているところを見かけて。
 そのおかげで、道化のミャオや、商人のハンラス、坊さんのムシャバと出会うことができたのだけれど、その胡椒にはカラクリがあって。
 ある薬草を煎じて飲まなくては死んでしまう、という魔法がかけられていたんだった。
 それで、あたし達はシナリー国境のセイローの森、ってところに薬草を取りに行くハメになっちゃって。
 とんだ迷惑だよね、その胡椒。
 結局、どこのどいつがそんな魔法をかけやがったのかは、わからずじまい。
 ミャオ達も何にも知らない様子だったし、あの後みんなバラバラになっちゃったし、原因は何だったのかイマイチよくわからないんだよね。
 後で、ギルドで聞いてみたけど、どうも、うちのギルドに喧嘩を売ろうとしてる奴がいるらしい、ってことは分かったんだけど、それが直接関係しているのかどうなのか、ハッキリしない。
 
 とまあ、そんな事がまたあっちゃたまらない、と思ったから、奴等を叩きのめすのをためらってしまった。
「へへへ、いい稼ぎになるぜ」
 薄汚い男が言った。
 その時。
 あたしも気がつかなかったんだ、何者かがそこに現れたことに。
 いつの間にそいつが現れたのか知らないけど、そいつは薄汚い男たちの後ろに立っていた。
 このあたしに気配を隠して近づくとは、並みの奴ではないね。
 そして、そいつは、不気味な笑みを浮かべながら、右手を振った。
 右手からは、何かの光る粉が散り、男たちに降りかかった。
「あん?」
 男たちは、ようやくそいつの存在に気がついて、振り返る。
 光る粉はゆっくりとした速度で、まるで雪のように振る。それが何なのか、あたしにも理解できなかった。
 粉を振るったその男は、何も臆することなく、白いマントをなびかせている。顔はフードでよく見えなかったけれど、風に吹かれた青い髪がフードからこぼれている。
「やろうってのかい?」
 薄汚い男たちはにたにた笑いながら、手をボキボキならした。
 それに対して、細身の白マントも、負けずと人差し指をその男たちに向けた。
 一体何のつもり?
 次の瞬間、光る粉が、青白く光った。
「うわっ、何しやがった」
 青白く光る粉はやがて膨張し、重力に引かれ下に落ちていくと、今度はスライムのようなドロドロになって地面に広がった。
 地面がやがて青白くなる。薄汚い男たちに降りかかった粉も、同じように青白いドロドロになって、こびりついた。
 奴ら、何が起こっているのか理解できない、というような顔をして、仲間たちの顔を交互に見ている。
「フフフ」
 白マントの男は、不敵に笑いながら見たその視線の先は!
 あたし!
 うっ。
 一瞬、ドキっとしたけれど、あたしはそいつにウインクをして見せた。
「はぁい」
 白マントの男の冷たく光る青い目があたしを放さない。
「腐る」
 え?
「全てが、腐っていくのだ」
 何?
「あのっ」
 あたしが何か言う前に、そいつは目の前から、消えた!
 前にみた、空間をつなぐ術だろうか。
「わっかんないなー、何なの、アイツ」
 塀の上でつぶやく私の下では、小さな騒ぎになっていた。
 男たちが、何やら楽しそうにさわいでるわ。
 青白いスライムにとりつかれたそいつらは、スライムを引き剥がそうとしてじたばたしている。
 あっほらしい。あんなもので。
「溶ける!なんだこれは!」
 溶けるの?本物のスライム?
 粉がスライムになるなんて、おっもしろーい!
 男たちの足元に生えていた緑色の草も、青白いスライムにまかれて、どんどん色が茶色に変わっていってる。
 溶けてるってよりも、枯れてるんじゃない?あれ。
「痛てぇ!」
「助けてくれ!」
 なんだろう、この鼻をつく臭い。
 まるで何かが腐ったような・・・。
 あ・・・。

「腐る」

 さっきの白マントの男が言った言葉を思い出した。
 まさか!
 あれにつかまったものは腐っていくの?
 じゃあ、あの薄汚い男等も・・・。
「早く、ギルドに報告に行かなくちゃ!」
 男は振り向きざまに裏拳を放った。鈍い音を響かせ、見事に相手の顔面に命中。
 重い手応えに、女を殴った罪悪感が頭をもたげる。しかしそれはひと呼吸にも満たぬほど一瞬のことだ。男も女も関係ない。昼間でも薄暗いこのあたりの路地は、ほぼそのスジの人間たちしか集まってこないのだ。
「ぐあ……!」
 低い呻き声に続き、米俵を地面に叩きつけたかのような音を立てて殴られた者が倒れた。
「なに?」
 男はようやく己の過ちを悟った。男が振り抜いた拳に弾き飛ばされたのは彼の仲間だったのだ。
 弾かれたように再び振り向く男の頭上から、若い女の声が降ってきた。
「ふん……。のろまね」
 彼女の声を聞くことができたのかどうか。男は、自分が殴るはずだった女からのかかと落としをまともに脳天に受け、昏倒してしまった。

 ゆっくりと近付く複数の足音。
「でかした、フィリダ」
 遮蔽物の多い路地の物陰から姿を現した男たちは、いずれも女の仲間だった。腰に手を当て彼らを出迎えた女は、まだ少女と呼ぶべき外見をしていた。
 明るい茶色の短めの髪と同色の瞳。白く細長い脚を露出する短いスカート。整った目鼻立ちの彼女は、黙って立っていれば良家の子女だ。男の油断を誘ったことは想像に難くない。もっとも、男を一発で蹴り倒した彼女の体術は非凡な能力であることもまた事実だ。
「ん。こいつら親方のとこに連れてくんでしょ? あたし力仕事苦手だし、後片付けお願いね。まだもう一稼ぎしたいし」
「おう、任せろ。だが、くれぐれも用心しろよ。こいつら、例の胡椒の連中と関係があるかも知れん。まあ、どっちにしてもこんな下っ端、締め上げても何も知らんだろうがな」
 彼女――フィリダたちが所属する盗賊ギルドとは所属の異なる者が、この路地で勝手に“商売”をしていたのだ。どうやら彼らの密売の最中にフィリダがはち合わせたらしい。いわゆる“縄張荒し(しまあらし)”というヤツだ。
「用心ですって? 誰に言ってるのよ。……でも、忠告ありがと。じゃね」
 ひらひらと手を振ると、フィリダは足取りも軽やかに路地から去っていった。
「あのフィリダが礼を言った? 今夜は雨か?」
 路地に残された男たちは互いに顔を見合わせた。



 あたしはフィリダ。盗賊だ。盗賊とは言え、シナリー王国のギルドを名乗る以上、王宮とは暗黙の協力関係がある。
 ギルドのチンピラと下っ端役人が小競り合いのような揉め事を起こすことは日常茶飯事で、表向きは盗賊ギルドが王国に対して一定の権利を主張できるわけではない。その意味で、あたしたちは商人ギルドや職人ギルドとは一線を画す日陰者だ。
 しかし裏では、盗賊ギルドは王宮からの非公式の依頼で動くことがある。王宮子飼いのスパイの支援や、時にはスパイ活動そのもの、果ては王宮に不満を抱く不穏分子の暗殺さえ請け負うこともあるのだ。
 そういう関係もあってか、普段の“盗み”のターゲットとしてあたしたちが狙う連中も、健全な国民ではなくほとんど脛に傷持つ連中ばかりだ。
 だからと言って、あたしたちがこの国の治安維持に協力しているとは思わない。でも、あたしたちの存在がなければ、シナリーが今以上に治安の悪い国になっていても不思議じゃない。もっとも、あたしにとってはどっちでも大差ないことだけれど。
 ミャオによると、最近は王宮が腐りかけているらしい。親方が愛想を尽かして王宮への協力をやめる前に目を覚ませば良いのだけれど……。それもまあ、あたしの知ったことじゃない。
 あれ? なんでミャオの顔が目に浮かぶんだろ……? まあいいや。あいつとはもともと住む世界が違うんだし。

「さて。縄張荒しどもにかかわったせいで今日の稼ぎが少ないから。もっと稼ごうっと」
 ギルドに所属するあたしのような年頃の女の子は、遅かれ早かれ娼館で働かされるのが普通だ。でも、幼い頃から身寄りがなく、盗みと喧嘩に明け暮れてきたあたしは、その能力を親方に買われてギルドに入ったのだ。親方じきじきに連れてこられたお陰か、あたしはギルドの男たちから一目置かれ、彼らと同じ仕事をもらっている。
 今日の盗みのターゲットは善良な小市民から金を巻き上げている小悪人。あたしにとって天職だ。
 しばらく歩いていくと、見慣れない男たちが道ばたでこそこそしている。
「なによ。またあ?」
 あたしにはすぐにわかる。あれは密売だ。
 今日のシナリーは何かおかしい。あの胡椒密売の連中が、またちょっかいをかけてきているのかも知れない。
 いい加減にしなよね。あたしのかかとは安くないわよ。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。